数年前から、アプリで漫画を読むことにハマっています。
主にチェックしているのはcomicoとピッコマです。
作画が崩壊していたり、ストーリーに矛盾がめっちゃ生じていたり、当たり外れも大きいネットの漫画ですが、たまに「これ、もっと課金させてよ。出版してよ」と思うくらい、めちゃめちゃ面白い漫画との出会いもあったりします。
(最近読んでいる中では韓国の漫画家さん原作のものが結構面白い)
そんな中、集英社のオフィスユーという媒体で連載されている、『日日べんとう』という漫画を読んでいて感じたことです。(ピッコマで見つけました)
主人公、32歳谷黄理子の日課は20年使っている「わっぱ」にお弁当を詰めること。
わっぱの中には、雑穀米と漬け物、他季節のお惣菜。
もちろん漬け物は自宅で黄理子が漬けたもの。もちろん彼女はぬか床ももっています。手作り女子が必ず一度は試みるであろう所行を黄理子はすべてきちんとこなしています。
ゆったり、お弁当を通したお仕事ほのぼの系漫画かと思いきや、『サプリ』や『働きマン』、『東京タラレバ娘』などで描かれてきた働く女性の生き方とは全く違う、古くさそうに見えてどことなく新しい、ある一人の女性の芯の通った生き方が描かれています。
タイトルが「日日是好日」という禅語からきているだけあって、非常に奥が深いです。
読んでいてふと思い出したのが、
「面倒くさいと思うことに隠れている人生の彩り」について。
昨年一年は特に、
・何事もシンプルに
・習慣化
をキーワードに、便利な物を求めあらゆる物事の効率化をはかってきました。
実際効率化したことによって自分の時間は充実したし、支出も減ったしで、自分自身の「暮らし」がシンプルに研ぎすまされたような感覚がありました。
ただ、「わっぱ」弁当箱を使うような面倒事をほとんど残らず一度排除してしまってもいました。
そこに訪れるのは非常に画一的な毎日です。
もちろん目標に向かって一途に努力する為には、できるだけ無駄なことを削ぎ落として、やりたいことに集中することが必要です。
けれども、すべてを削ぎ落として表れる「生活」を私は一生続けていきたいか、と考えた時、「それはちがうな」とはっきり思いました。
もちろん自分のやりたいことには集中したい。
けれども、自分自身が徹底的に画一的な毎日を過ごしてしまうことは、創造性を完全に捨て去ることになってしまうような気がしたのです。
自分がすべきことに創造性を必須とするならば、自分の心がすすむ限り、日々の生活に創造的で楽しい工夫をし続けることはやめてはいけないのです。
黄理子ほどの毎日をいきなり過ごせずとも、まず日々工夫を続けてみたいと思います。
例えば朝ご飯。
最近は基本的に平日の朝はカレーだったのですが、月火水木金のうち3日だけにして他は何か違うものを作ろうと思いました。
お米にみそ汁
ホットサンド
この2種を間に投入すれば、一応は毎日違う食卓になります。
みそ汁の具材とホットサンドの中身を日々考える修行を自分に課す訳です。
何もないところからメニュー案は生まれてこないので、週末図書館で料理本でも読もうかしら。面倒なことだけど、面倒なことにこそ、自分自身の成長の余地があるのかもしれない、と思ってちょっとがんばってみようと思います。
おやすみなさい。