くろやんの日記

思考・映画・ごはん・旅・自転車・読書・ライフハックのメモ帳

秋の風が吹き始めたのでクローゼットの見直し始めました

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まだまだ日中は暑いですが、朝晩は涼しい風が吹くようになりましたね。台風が通過して、空気が一気に秋になった感じがします。

 

帰宅してからふと、忙しくてごちゃごちゃにしていたクローゼットを片付けたくなり、ゴミ袋を持って断捨離開始。

同時に、洋服をアップデートしたい欲も湧いてきました。

私服をほぼ制服化している私ですが、今着回している服たちは2、3年前に揃えたきり、あまり入れ替えをしていない服たち。

そろそろもう少し、大人っぽい服にアップデートしたいなあ、と久しぶりに本屋さんでファッション雑誌のチェック。

 

インスタやネットも見るのですが、ターゲットを絞ってきちんと編集されている雑誌のクオリティはやっぱりすごいなあ、と思います。

インスタやネットだと情報過多だったり、これはちょっと違った……みたいなものもたくさん出て来るんですよね。それを自分で処理しなくてもいい、手間が省かれているのが雑誌だなあ、と思います。

 

トレンド物はまたじっくり考えるとして……

最近自分のファッションに取り入れたいなあ、と密かに考えているのが「イヤリング」

今の夫と付き合うまで、そもそもアクセサリーを買って身につけるという文化がなかった私。まあ、お金のない学生だったし、社会人になってもアクセサリーが推奨されない環境だったので、休日に楽しむ用とかも一切なく、結婚指輪をするくらい。

環境が変わって、おしゃれを楽しめるようにはなったのですが、家にいることも多くなったので、完全にその辺りはズボラになっておりました。

私のアクセサリーはネックレス2つ。結婚指輪。

アクセだけはプロ級のミニマリストみたいですね(笑)

でも、本当は色々持っていても場所をそんなに取らないし、色々試してみたい!特に耳に着ける系。

ただ、一度だけ母からもらったパールのお呼ばれセット(ネックレスとイヤリング)を結婚式のときに着けたのですが、耳についてはあまりにも痛くて、二度と着けたくない!と思ったきり。

福耳で、耳たぶが薄い訳ではないのですがねえ。

が、最近、耳たぶを挟む部分が透明なシリコンみたいな素材になっているやつを発見。これって痛くないのかなあ……とアクセサリー屋さんをウロウロする日々です。

 

ちなみに耳にかけるだけのやつは1度落として失くしてからは買っていません。シュシュもよく髪から落っこちて知らない間に無くなっている私には、ある程度ちゃんと身に付くものでないと、ちょっと安心できず。

かといって穴をあける勇気と、維持するマメさがないのでピアスにはできないし……。

 

この秋、お気に入りのイヤリングを一つ見つけたいなあ。

 

ついでにクローゼットに、アクセサリーを管理するコーナーも作ってしまいたい。

さて、明日もまた続きの断捨離。

 

『理想の暮らし』は提案ではなく共有する方が上手くいく

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私は暮らしについて考えたり、色々なライフハックを検索することが大好きです。そういう記事を読みあさるのも好きで、自分がしたい理想の暮らしを、毎日頭の中にコツコツ積み上げています。

夫は特別、暮らし自体に興味はあまりありません。なので、我が家で夫と私の、ライフハックや暮らしに関する情報の格差はめっちゃあります。

以前はこの格差にイライラしていたこともあるのですが、格差をスピーディーに解決したところで、それは私の欲しい暮らしではない、ということも結婚してから学びました。

じゃあどんな風に提案すれば、夫と暮らしを一緒に彩る楽しさが伝わるのか。

なんていうことはない。私が暮らしに感じている「楽しさ」を提案するのではなく、共有していけばいいだけのことでした。

 

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私は冷蔵庫や電子レンジを手放すレベルのミニマリストを目指している訳ではありませんが、極力暮らしを楽にする為に持つものの数は少なくしたいなあという願望はあります。

便利、管理が簡単、何か災害のときにも(地震とか)復旧が楽なように、ということを考えて、

・食器棚は持たない(シンク下に入る分だけにする)

・ベットではなく布団派

・本棚は一つだけ

などなど。できる範囲で暮らしを整えています。

 

けれども、自分たちが楽しく暮らすことも大事に考えています。

例えば、我が家は夫も私もホームパーティが大好きです。友達を家に招待して美味しいお酒を楽しんだり、ボードゲームをしたりします。

時々そのまま泊まって行く人もいます。外国の友達も多く、たまに日本に遊びに来るときにはうちを宿にする友達もいます。

なので、食器やグラスは多めに持っていますし、ついでに私が料理大好きご飯大好きなので、ちょっとした焼き物の産地に行った時に集めたお気に入りもたくさんあります。

ちなみにお客さん用の寝室はベットです。

毎日寝る訳ではないと、布団よりベットの方が手入れが楽だったりします。お客さん用のお部屋にベットをどーんと置いて、カラーボックスを一つ置いてそれだけって感じだけれど。寝具をカラフルにして、たまに替えて気分転換します。

あと、布団ではなくベッドで寝たい気分になったときは夫婦でお客さん用のお部屋で寝ることもあります。

たまに寝室を替えてみると、なんか旅行した気分になります。

ビニール傘も数本用意しています。急に雨が降って、遊びにきた友達が傘を持っていない時なんかに使ってもらう為です。

 

人からみたら無駄な物でも、私達には大切なものであり、生活を楽しむ為に必要なものです。楽しい生活のために、暮らしやすくする為に物の量を調整しているんだ、ということを忘れないようにしたいなあ、と思っています。

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楽しく暮らす、は私は自分が一人暮らしをしている時から積み重ねているのですが、夫はいかんせん、健康的な一人暮らし経験がないためか、生活そのものの楽しみ方があまり上手ではありません。

週末、ちょっと凝った料理を一緒に創ること

お庭に種を蒔いて、お世話をして花を咲かせること

色々提案する中で、先日新しく提案したことが『部屋の壁紙を替えてみること』

我が家は古い家をリノベーションして、二人で楽しく家を作り上げながら暮らしています。(基本私が主導ですが)

本当は一緒に楽しくやりたいんだけどなあ、と思いながら、どうやったら夫も楽しく参加してくれるか色々模索する日々。

先日、映画を見たついでにちょっと壁紙屋さんに行こうよ、と誘って銀座にあるこちらの壁紙屋さんに行ってきました。

walpa.jp

ちょっと下見くらいな感じで。と言って、お店でカタログを見たり。そして、実際の壁紙をみるうちに夫のテンションはアップ↑

壁紙?って感じだった夫ですが、実際に見に行って、なんだか楽しくなってきたようです。手軽に部屋の雰囲気が変わる上に、そんなにコストがかからないのも意外な発見だったようで、うまく食いついてくれました(笑)

 

こうして暮らしに対してアンテナが高いうちに、と今朝は最近自分がよく読むミニマリストさんのブログURLなんかも送ってみました。好反応です(笑)

 

自分たちが楽しい暮らしを作ること×(管理・便利が)楽チンな暮らし

を両立させるべく必要なのは、一緒に住んでいる夫の協力。

私が物を減らしたい理由をきちんと理解してもらって、それが二人の素敵な暮らしになるんだよ、ということをきちんと伝えないと、お互いにストレスです。

私はモノが増えて行くばかりな状況にイライラしてしまうだろうし、向こうはなんですぐ捨てるんだよって思うだろうし。

実際引っ越す前の家ではこういうケンカも多発していました。

基本的に片付けや掃除をやるのが自分だっただけに、モノを増やしたくないって全部捨てたい!って強く思ってたんですよね。

彼は彼で、なんで捨てるのか理解できない。そりゃそうだ、私がなんも説明していないのだもの。

年数がたって、私自身も丁寧に説明したり、ゆっくりわかってもらう姿勢を取るようになって……少し大人になったかなあと思います(笑)

 

暮らしを二人で作って行く、と決めたのだから、片方だけが焦っても駄目ですよね。同じように片方だけでやっても、だめなんですよね。家がすごくアンバランスになるし、モノに対する感情がまったく違っていると、今度は道具の扱い方でケンカします(笑)

 

一人だったら自分との対話だけですが、二人や三人の暮らしだと、自分との対話の他に同居人との対話と、提案以上に共有する意識、というものがとても大切になってきます。

自分たちの『好き』を積み重ねる、暮らしを便利に楽しくする。

そういうことを、気長に、じっくり、というのもキーワードなのかもしれません。

 

これからもまだまだ、共有しなければならないことはたくさんあるのでしょうけれど、気長にじっくり、そして、自分たちの好きを大切に、をアタマにいれて、暮らしを楽しみたいな、と思います。

 

 

追記

この辺りの価値観も改めて夫と共有したい……。

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PC環境に恵まれた私が考える、学習の限界

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ツイッターを見ていた時、とある呟きからとても色んなことを考えさせられ、最終的に人間の学習の限界について考えさせられたことを、記録しておきたいなと思って書きます。

 

今の世代は、コンピュータは空気のように周りにあって慣れてるものなので、一々学校で教えなくても大丈夫な気がする。ーふりぼーさん

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確かにそうかも、と半分頷けるようで私にとっては100%頷ける意見ではありませんでした。

というのも、都心に出てきて仲良くなった子たちは皆、小さいときから、もしくは家庭にPCやネット環境があるところで育っていて、PCスキルなんか困ったことがないような子ばかりだったのですが、私自身の地元の友達、にそういう子はいなかったからです。

地元の友達だけでなく、大学時代もそうでした。なので、こんな考えをもちました。

 

(大学時代)私と同世代(ゆとり)の友達でパソコン使えない子多くて、2、3件ネット繋げに行ったし、タイピングも慣れていないから(打ち込みが)遅過ぎてワード提出のレポート手書きで出したいって泣いてたときもあった。(学校でのパソコン学習が)5人で1台で家にPCがなければそうなるよね。ーくろやん

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工学部とかだと別ですが、文系学生は結構こういう子いました。

 

その後、ふりぼーさんと何通か意見交換を交わすうちに、ふりぼーさんのこちらの言葉から、検索する技能に対して自分がぶつかった壁について思い出したのです。

「でもやっぱり今の子だったら、分析する方法にしろ、エクセルの使い方云々にしろ、やっぱ検索して取得しちゃえる気がするんです。チャプター1からレッスン、というより、必要な時に必要なものを身に着けていく感じで。」

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これは私の個人の体験であり、すべての子供がそういうワケではないし、多分必要なことについてはこうやって取得ができるだろうし、分かりやすく教えてくれるサイトもアプリも増えていくだろうけれども。

「ネットがあるんだから分からないは甘え。ggrk(ググれカス)」という言葉が時に残酷な刃になってしまわないよう。自分自身の体験を書いておきたいなあ、と思います。自戒も込めて。

 

私はイオンさえないマジなど田舎の中で、PC環境についてはかなり恵まれていました。Win95を使っていた記憶が自分の中に残っているくらい。

理由としては、たまたまいとこの友達がPCを組み立てて販売する会社を東京でやっていて、そのいとこの友達に好奇心が旺盛な母が頼んで、格安にしてもらって我が家にやってきていたから。

仕事で使うとかではなく、家計簿の管理と遠くに住んでいる友人とメールをやっていました。使いどころがとりあえず家計簿の管理と友達とのメールだったので、母は私にもよく触らせてくれました。

よく使うから小1でローマ字を大体覚えてしまったし、ペイントで絵を描いて保存する、くらいのことも一人でできるようになりました。

そのうち学校でもパソコンの授業が始まる訳ですが、2、3人で1台で、そもそも大勢のパソコンなんて家にない子たちがやるので、電源をいれてシャットダウンをするところから。

でも超絶大変です。そもそも子どものやることだし、先生も見切れないので右クリックしちゃったり、なんだり。しかも起動も遅いしね。

 

学校教育でパソコンの授業ありましたって言ったって、そんなもんです。

そういう意味でも私は超絶恵まれていました。

 

ブログを始めたのは小学校の高学年の時でした。

学校の授業はワードで自己紹介、と称して、文字を打ったりペイントで描いた絵を貼付けたりしている頃。私はHTMLタグの勉強を独学でしていました。

それこそネットで。ひたすら検索していました。

本当はいとこの友達のお兄さんに直接聞きたいことは山ほどあったのですが、普段は東京にいる人で、しかも多忙な人だったのでなかなか聞けず。

母親も高卒の普通の主婦だし、父親は私よりタイピングが遅いくらい、あんまりPCさわらない人でしたので、聞いてもちんぷんかんぷん。

最初は苦労したけれど、だんだん分かりやすいサイトなんかも見つけて学習速度はどんどん上がっていきました。

 

検索して自分で調べる。

 

この習慣はHTMLタグ、そしてCSSの学習を通して学んだことと言っても過言ではないでしょう。

 

けれどもやっぱり、どうしても自分で調べただけでは分からないこともありました。

ソフトもダウンロードして、コードも打ち込んでみて、動かない。なぜ?

という状況が1週間以上続いたのです。

なぜ?をいつもPDCAをばんばん回して、あーでもない、こーでもない、とやるのですが、なかなか解決せず。

気がつけば、1ヶ月も経ちました。

 

ネットの掲示板で誰かに聞こうかと、何度も悩みました。

ただ当時、まだググれカス!という言葉はなかったものの、「自分で調べてください。はいURL」みたいな回答もたくさんあって、ギリギリまで自分で調べなければいけないと思い込んでいたふしもあり、掲示板に質問を書き込むことができないまま、そして誰にも相談ができないまま、時間が過ぎていきました。

どうしたらいいのか分からな過ぎて、学校の図書館に数冊だけあったプログラミングの本なんかも借りて読みました。(隅で埃をかぶっていました)

言ってることは分かるけど、それって具体的にどうやるの? うちのパソコンだったら何から始めれば良いの? だけが分からないまま半年くらい経った後、私はついに諦めました。受験も迫っていたし。

これが私が感じた、ネットでの学習の限界でした。

 

どっかのスーパーな起業家みたいにIQが高ければ解決できたのかもしれません。

叩かれても聞き続ける根性を持って掲示板に書き込みをすれば良かったのかもしれません。

親にいとこの友達の連絡先を聞いて自分で連絡してみれば良かったのかもしれません。

 

大人になった今なら、色んな解決策も思いつきましたが、運動部のくせに(しかも部長)部活終了後の家での時間をすべてPCに注いでいた私は、疲れたのかもしれません。

 

熱意がそれ以上なかった。才能がなかった。と言われればそれまでですが、この経験があるからこそ、色んな人に

「今は田舎でも、ネットがあるんだから調べれば良いじゃん」

みたいなことを言われても、いや限界があるよ、って思うのかもしれません。

マジで行き詰まったあの半年間はなかなかしんどかったです。授業中もノートに考えられうる原因を書き連ねてしまう程。

 

ここまでの経験を思い出して、問題はネットが使える、使えない云々以前に、学習の仕方や調べ方のハウツーをどれくらい知っているか、という部分の比重って大きいのかも、と思いました。

だからこそ、文科省はコーディングを教える、でもなく、プログラミングを教える、でもなく、コンピュータを使った問題解決能力を育てる、を提示しているのかもしれません。

 

自分だけじゃ分からかった経験からか、自分が無意識にそう行動するようになったのか、今はそういうことを教えてくれる夫をはじめリアルの友達がたくさん周囲にいる状態になりました。

こういう状況になるとつい、「いや、分からないなら調べようよ」って自分と同世代の子で、簡単にわかんなーい、て言って投げ出している子には言ってしまいそうになるけれど……

昔の、田舎に住んでいた自分は、本当に知りたいことを知る手段に手詰まりして、もがいていました。

どうやったって、人に聞いて人から説明してもらうまで理解できなかった自分がいました。

そういう普通の子のためにも、人がいて教えてくれる環境って必要だし、人が間に入ることで、なくなる学習の限界はたくさんある。ってことは覚えておきたいなと思います。

 

ちなみに最近、私がいくらネットで調べまくっても、学習が難しいのは料理とガーデニングです。

料理は人によってのレシピの違いと、使っている道具の違い。

ガーデニングは土の状態と、各地域の気候の違い。

これを考慮してPDCA回すのが、いくら検索が上手になってもなかなか難しいっす(´・ω・)

ちゃんとした先生に聞けば分かるだろうし、今は本当に聞きたければネットでメッセージ送っちゃえるくらいにはなったのですが……なかなか難しいです。

 

 

 

 

話題の映画『カメラを止めるな!』映画素人が観た感想

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kametome.net

国内、海外で賞を受賞して話題となっている映画『カメラを止めるな!』を観てきました。

池袋や新宿近辺で、チケットがなかなか取れない…と呟いている人も見かけていたので、当日で予約できるのかな?なんて思っていたのですが、上野や日本橋のTOHOは比較的空いていました。

でも実際に見に行ったらかなり人は入っていたので、やっぱり話題作なんだなあ、ということを改めて感じました。

 

さて、『カメラを止めるな!』は評価を観ていると、

超絶よかった! 何度も行きたい!

と言う人と、

思っていたよりは……

と言っている人が結構分かれている印象がありました。

(ま、映画に限らず何かしらの作品って好みは人それぞれわかれるものですがね)

 

じゃあ画面ガー、音楽ガー、構成ガーも何も分からない。ただちょっと、年間に観る映画が多いだけの一般ピープルがこの映画をどう感じたのか、以下感想です。

※若干ネタバレ含みます。

 

おもしろい!…けど!なんか既視感がある。

構成、ストーリー自体は、本読みとか小規模劇団巡りなんかしている人にとっては、何か既視感がある、つまりどこかで一度見たことがあるような展開。だったと思います。

こうだけど、実は……というひっくり返しが、面白いけど単純っちゃ単純。特別小説読みでもない夫でも、最初の数分でなんとなく展開に気がついた、と言っていたので、普段読書している人にとって、ストーリー自体への新鮮さは感じにくいかもしれません。

ただ、単純で純粋に面白かったです。

 

コメディと見せかけて、ファミリー映画要素がある。

後半に笑いに畳み掛けてくる展開がとてもテンポがよくて笑えるんですけど、それだけではない、ファミリー映画の要素も入っていて、人によってはそこで涙が出ちゃう人もいるかも……。と思わせられる映画でした。

弱気な父と仕事に熱心な娘の関係性は、ロスジェネ世代で勤勉に仕事があることにまず感謝をする、とにかく目の前に仕事があるなら選ばない、やる。という親と、とにかく自分が好きなことを突き詰めることに夢中な現代の大学生くらいの子を上手く表現しているように見えたし、主婦業に勤しむ母がストーリーを通してどんどん進化していく様子は、最近の働き方革命の主婦の底力を活用しよう、的な動きを連想させられたりしました。

それぞれの想いが行動になって、映画が突き進んでいるような印象を感じ、「ああ、なんかコレ、ファミリー映画じゃん」って思いました。

 

素人が見ても驚いて一番感動するポイントは、序盤のカメラワーク

ストーリーはほどほど。素人目でも「これはすごい!」と感動したのは、序盤のカメラワークです。カットなしの映画ってそれだけでもすごいのに、それが30分以上!圧巻でした。

圧巻過ぎて、私は途中で車酔いに似た症状(アクション映画でたまに酔っちゃうんですけど、同じような症状)が(笑)酔いやすい方は、DVD他配信され始めてからテレビで見る方が良いかもしれないですね。

このカットなしの映像は見る価値があったなあ、と感じました。

 

最近映画館で見る映画は、IMAXとかで迫力のある物しかみていませんでした。

だって大画面で見るなら、迫力のある映像みたいって思うじゃない。なので最近は本当に邦画を映画館で観る、ということをしていなかったのですが、久しぶりに「ああ映画館で見てよかったなあ」と思えた邦画の映画でした。

お近くで上映がある方は是非。1800円(大人)の価値はあると感じました。

 

kametome.net

dot.asahi.com

 

追記

あとは最近はこういうドキュメンタリーも見たりしています。こういうのって、配信とかもなければ、レンタルDVDになることもなかったりするので、一期一会だと思って観に行っています。

kuro-yan.hatenablog.com

オンラインサロン選びで失敗しないコツ3つ

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最近ツイッターでもフェイスブックでも、広告だったりだれかの投稿だったりRTだったりで目にするワードが「オンラインサロン」

オンラインサロンに入りました! オンラインサロンに入ろうと思っています!

という呟きと、

オンラインサロン退会しました。 オンラインサロンの闇について暴露します。

みたいな呟きが交差して、私のライムラインはなかなか面白いことになっています(笑)

 

私はオンラインサロンには入ったことがありませんが、オンラインではないリアルサロンの勉強会、研究会には各種行ってみたことがあります。中には継続してしばらく参加してみたものもあります。(もちろんお金払って)

それぞれの呟きと自分の経験を踏まえて、オンラインサロンで失敗しないポイントを考えてみました。

 

*サロンで何を得たいのか、目的をはっきりとさせ、辞める日の想像をしておく

仲間作りが目的か、スキルアップが目的か、新しい刺激が目的か。

仲間作り一つとっても、同年代なのか幅広い世代なのかでどの人物のサロンに入るのか、というところは変わると思います。

また、目的と一緒に、どういう状態になったら、もしくは自分がどう成長したらサロンを辞めるか最初に考えることも大事。

まあ、ノリで、サロンに入ったらなんとかなる!で行ってみてもいいと思うのですが、他力本願な人は最初はよくても目的意識がある人ほど学習効率はよくないです。

 

*この人すげえええ!って勢いで入った場合、必ず自分見直し期間を設けること

「この人すげえええ!」は大抵他力本願タイプなわけですが、サロンってそういう他力本願を叩き直してくれるところも場所に寄ってはあるので、良いと思います。

ただ、この勢いで入るって、時速200kmで首都高を突っ走っているのと同じ位危険要素もあるので要注意です。

サロンは良くも悪くもある一つのグループなので、サロンのことばかり考えているのは程度やレベルは違えど、会社の人としか付き合わない人とほぼおんなじです。

もちろん会社よりもレベル高い人が集っている場合があるし、マッキンゼーの人がマッキンゼーの人同士で語り合ったりする、みたいなレベルの話もあるので、ずっとそこにいてもいいのですが、自分が大切にしたい人、自分のことを大切に思ってくれる人、家族とか友達とかの信用を失い始めたら黄色信号です。

あいつなにやってんだ? はまだいいですが、あいつとはもう関わり合いたくないと思われるような、信用を失うレベルのことは本当によく考えてください。

 

*そもそも失敗したら嫌だな、と思っているうちはサロンに入る段階ではないのかも、と思った方がいい

サロンに入って本当に成長できる人って、そのサロンに対して自分は何が提供できるか、という与える姿勢を持っている人だと思います。

サロンによって成長させてもらいたい、というマインド。つまり、サロンに入っても何も得る物がなかったらどうしよう、と迷うくらい(=受け身の姿勢)なら、ほぼ自分には必要のないサロンなんだと思います。

そしてもしも、受け身な姿勢で最初に入会したサロンは、受け身ではなくなってきたと感じる時期に一度本当にこのサロンだったか?

と問い直した方が良いです。一番良い問いは「もしもサロンが突然無くなったらどうするか」

冷静にこの問いについて考えられれば、ほぼサロンに依存していない状態だと思います。もしも、そんなこと考えられない!と思ったのなら危ないかも。突然無くなる、消えるサロンも世の中にはありますよ。

 

 

少しでもいいオンラインサロンライフが送れますように。

関連でこちらの記事もどうぞ。

kuro-yan.hatenablog.com

 

追記

9月ということで新規一転、ヘッダーとアイコンを変えました。アイコンはアルパカの写真を手書きにしただけですが(笑)

普通にノートに書いて、iphoneで撮影して加工して、PCで色づけとサイズ調整しました。加工だけでめっちゃ綺麗になったので感動しました。

でも加工のプロセスを省けるし、ノートを持ち歩かずにリュック軽量化もできるからやっぱりipad pro欲しい!

どうやらXデーは9月12日のようです。

www.nikkei.com

 

コツコツと積み重ねを継続できた8月【8月振り返り】

 

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あっという間に平成最後の夏が終わりました。今年は人生至上最も暑い日々だったんじゃないか、と思うくらい暑い日が多かったです。

ウェザーニュースのこちらの記事を読んで、9月は暑さが和らいでいくようでちょっとホッとしています。

weathernews.jp

 

この夏のやりたいリストなんて作ったのですが、半分もやっていませんね(笑)あれだけ海行きたい連呼していたのに、結局海には一度も行きませんでした。

気がつけば来年一月に沖縄旅行(姑さんの還暦祝い)を計画してしまったので、昨年ハワイに行ったのと同様に冬に海を楽しむことになりそうです(笑)

kuro-yan.hatenablog.com

 

暑い毎日でしたが、勉強したいなあ、習慣化したいなあと思ったことをコツコツとした積み重ねを継続できた一ヶ月だったかなあ、と思います。

 

*先月に引き続き、ゆるい朝活を続けられた

起きたら好きなことをする。好きなことは、スマホSNSをみる、とか漫画を読むとかでもいい。布団でゴロゴロしてもいい。

という緩い早起きを今月も継続。先月より30分くらい早く起きられるようになって、30分布団から出る時間も早くなってきました(笑)結果として先月よりも早起きして朝ごはんとお弁当を作ることができています。

引き続き継続して、無理なく朝を活用できるようになりたいです。

 

*資格取得関係の勉強を積み重ねられた

ちょっと古い本ですが、勝間和代さんのこちらの本を読んで、資格取得関係の勉強をコツコツすすめました。

最初に締め切りを決めて(この場合試験日)、過去問をやりまくる月に向けて基礎を終わらせる締め切り日を決めて、その締め切り日から逆算して、スケジュール帳に日々やる勉強を書き込んでしまう、という方法が思いの他私にはまりました。

要するに、おしりを決めてしまう。ってことなんですけど、スケジュール帳に具体的にやることまで落とし込んでいるので、毎日「今日は何をやればいいんだっけ?」というところから考えず、すぐ具体的行動を取ることができました。

ぼんやりとした目標を、きちんと行動目標に落とし込んでスケジュール帳に入れることで、自分がすべき行動が明確になりました。

この、行動目標にする、っていうワンステップがちょっとしたことだけれどとても大事な1ステップだったんだな、と思いました。

やっぱり勉強のやり方は勉強が得意な人に教えてもらったり、そういう人を観察するのが早いですね。

 

金融工学の本を読み進められた

そもそも金融工学って何?って人でも読める一冊を見つけて、わからない用語はノートにまとめて調べながら、読み進めています。

※上の資格勉強と同じ手法で進めています。(ただし試験日などはありませんが)

投資についてもう一度勉強し直したいなあ、と思って世界を股にかけて活躍する数学者の友人に色々話を聞いてみたのです。色々な話が出たのですが、その中でも金融工学の勉強の大切さを感じて、概念だけでもきちんと理解したいな、と思って自分でも分かりそうな本を探して勉強を始めました。

漫画だし、分かりやすかったです。漫画プラス詳しく知る為のコラムも充実していて、コラムの方は自分で調べながら勉強を進めています。

 

*断捨離とミニマリスト

物をなくしたいっていうより、好きものに囲まれて、手入れ等の手間をできるかぎり省いて便利に暮らしたい、レベルのミニマリストを目指して、断捨離を進めた一ヶ月でした。

キッチン周りで5つのカラーボックスと板を組み合わせた簡易手作りカウンターを使っていたのですが、その中を断捨離。カラーボックスはおさらば。(中身はコツコツ断捨離)

代わりに無印のパイン材棚と折りたたみダイニングテーブルを導入しました。

www.muji.net

こちらとこちら

www.muji.netダイニングスペースは超絶スッキリしました。こちらの使用感についてはムジラーの為にも今度レビュー書こうかな。

ダイニングテーブルで折りたたみ?という選択肢は初めてだったのですが、思っていた以上に足がしっかりしていて滑らないし、でも女性一人(私だけ)でも組み立てられて出し入れも簡単。基本置きっ放しですが、片付けてしまえば水拭き等のお掃除が楽なのと、自転車整備をするスペースができて夫もウキウキです。

 

ガーデニングも。ひまわりが咲きました。

今年の目標、ガーデニング!と息巻いて、花の寄せ植えと、あとなんとか花壇を一カ所作ってひまわりの種を蒔いたのが、見事に咲きました^^

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植物の管理は得意な方ではないのですし、葉っぱはなんらかの病気にやられちゃってるダメダメガーデナーですが、とりあえず咲いた喜びが大きいです。

勉強して玄関先を花畑にでもしたいです。次はスノードロップ水仙、あと春先にチューリップが咲くように冬に仕込みたいですね。

 

積み重ねてってすごく地味で、飽きちゃうもの。だからこそ継続が難しいわけですが、勝間さん式の勉強法を始めてから、自分に合っていたのかいろんなことの学習が継続できています。

それでもやる気が落ちたときは映画なんかを見てモチベーションをなんとか持ち直したりしていますが(笑)

野菜作りでも一番大事なのは土作り。土がきちんとしていると、途中多少管理が雑になっても、おいしくできます。

同じように、今やってる積み重ねはきっと土作り段階。

花咲く日を夢見て、こつこつ大切に来月も積み重ねて行きたいと思います。

 

 

今年の秋味はさっぱりめ

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毎年楽しみにしているキリンの秋味が発売になったので購入。

秋味は毎年、通常営業の一番搾りと比べてもちょっと濃いめな感じの印象がありましたが、今年は気持ちさっぱりめな感じでした。

いつもと違うことと言えば猛暑だったことだけど、他に何がビールの味に違いをもたらしているのかなあ。

秋味研究でもしている人のブログでもないかなあ。

 

今回は豚の角煮(風)とモツ煮と合わせて。

さっぱりめに合うおつまみを探してレシピをめくるのもまた楽しいです。

 

 

甘酸っぱい青春に縁ができなかった私は何を間違えていたのか

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平成最後の夏というやつもそろそろ終わりが近づいていますね。吹いている風の湿度が少し下がったような気がしますし、近所の和菓子屋さんは芋まんじゅうを出し始めましたし、スーパーには大好きなカボチャプリンが並び始めました。

 

平成という時代がそれぞれにとってどんな時代だったか、は人それぞれだと思いますが、ゆとり世代な私は今後、平成=青春時代という括りになりそうです。

 

青春時代と言うと、仲間とやらかしたおバカなアレコレ、勉強したアレコレ、部活で頑張ったアレコレ、そして甘酸っぱいアレコレを思い浮かべる訳ですが。

振り返ってみると、おバカなアレコレはたくさんあるんですが、色恋沙汰がほとんど皆無。そう、甘酸っぱい青春とは無縁な生活を送っていたように思います。

これを友達に話すと、私の見た目が『色白文化部のやさしそうな女の子』なせいか、100人中100人に「うっそだー」と言われます。

クラリネットを吹いていそう+優しそう+ニコニコしている=リア充

の図式に当てはまる女子は確かに多い……。

初めてのちゃんとお付き合いした現夫と出会うまで、「彼氏いないの?うっそだー」を何度繰り返されたか……両手には収まりきりません(笑)

 

こうも友人に繰り返し言われるということは、甘酸っぱい青春を送る素養はあったはずなのです。結局なんでなかったんでしょうかね。

何を間違えていたのか、平成最後の夏が終わる前に振り返ってみたいと思います。

 

 

とりあえず、クラリネットは吹けないし、そもそも音痴なのでカラオケに行きたくなかった。

このみんなでわいわいのカラオケに行けない、行きたくない、と思っている時点でリア充へのハードルはかなり高かったのかもしれません。音痴なのでおもしろキャラになりきるしかない訳ですが、女友達とだけのカラオケならまだしも、ちょっと良いな、とか思ってる男の人の前で音痴をさらけ出せる程、私は大人にはなれませんでした。いや、大体の女の子、が無理でしょ。相手も大人じゃないし、ノリよく突っ込んでもらえたらいいけど。

大体色白系女子の枠に入っていて、化粧もナチュラルめだと、いじってもらえるキャラになれないし、多分いじりにくいだろうよ。

 

 

優しそうにみせかけて、言いたいことは言い過ぎたり、有言実行の強いキャラだった。

夫によく、「くろやんは妻には向いているけど、彼女には向いていない」と言われます。優しいけど、言いたいことはしっかり言って、自分のことは大抵自分でこなしてしまうカアチャン気質もそれなりにあるからかな。

女友達からの評価はもちろんしっかり者。だからこそたまに抜けているのがかわいいよね、は付き合いの長い友人からの一言。

けれども、大学生男子の心をつかむような可愛げのある行動は取れていなかったと思う。大学生男子でカアチャン系女子を彼女にしちゃう人ってあんまりいないし、想像がつかない。

甘酸っぱさを求めるなら、きっともっと可愛げが必要だったんだと思う。20kgの機材を一人で運んじゃわない、とか。行きたいお店にラーメン屋を挙げない、とか。自転車で北海道一周しちゃわない、とか。ノリでフルマラソン走らない、とか。

 

 

でも結果として、間違えていたのか?

今の自分が手にした未来を考えると、間違えてはいなかったんじゃないかな、と思います。甘酸っぱい青春は送れなかったけれど、まあまあ失敗確立もある結婚というイベントに対して、大吉レベルのくじを引けたかな、と今のところ思えているからです。

音痴を笑い飛ばせるくらい気の置けない関係性

一人でなんでもできる行動力と自立性で依存し合わない関係性

ラーメン屋に行きたがる安上がりな妻

自転車趣味が一致する

ノリでフルマラソン走れる夫婦

うん。よかった。

甘酸っぱい青春は遠かったけれど、私なりに自分が楽しいと思ったことを突き詰めたり、やりたいことをやりきったからこそ、今の生活がある、って思えるので、なんだかんだ間違っていたけど、間違っていなかった、と思うことにします。

 

というわけで、みんなと同じようなこと、とか、リア充かどうか、とかは自分が楽しいかどうか、という判断基準だけで突き進んでも大丈夫だし、むしろその方が自分自身の幸せには近づけるのだと思います。

 

時間に対する価値をきちんと理解する大切さ

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日曜日はボランティアだけでは終わらない一日になりました。

力仕事をこなしつつも想定よりも早めに終わった私達はスーパー銭湯に行くことにしました。

駐車場に駐車して、のんびりお風呂に浸かって、ついでにアイスやかき氷も楽しみました。ついでに夕食をとるお店を検索して、電話予約を入れ、さて出発と外に出て車に向かうと、何やら人がウロウロ。

近寄ってみると、擦られた後。

あちゃー、と思ったところで、ウロウロしていた人が、

「あそこのあの車に乗っている方が擦ってしまったみたいです。私、目撃者でした」

と、正面にいる車を指差してくれました。あ、あなたではなかったんですね。というか持ち主が来たんだから、擦って待っていたなら降りてきてくださいよ〜(汗)

 

夫が先方の車に近づいて、ようやく人が降りてきて会話スタート。

擦ったことも擦られたこともない夫(と私)

とりあえずお互いの連絡先を聞くのと、相手は保険会社、私達はカーシェアの会社に連絡。公道じゃない場所で、完全に10-0の案件でしたが、そのまま警察に連絡する指示をいただき警察へ連絡(ここは初めてだったので勉強になりました)

 

駐車中の車に擦ったこと、目撃者がいたこと、そして何より先方の方も動揺しながらも反省されていたこともあり、処理はそれなりにスムーズでした。

よき仲間たちが「いやー自分も知らなかったから勉強になったわー」と時間がかなりかかったことをフォローしてくれたのもありがたかった。いや、全然夫悪くないんだけどね。むしろ運転手として手続き関係全部やってくれてありがとう。

 

スムーズはスムーズだったのですが、先方、ちょっと人任せ気味なところもあり、事故の証明書の取り方についての説明の時、夫はスマホのメモ帳にメモしながら聞いている間、うなずくだけの先方。

警察の方に「きちんとあなたもメモを取っておいてください」と注意されるも、「保険会社に全部任せるから、私よく分からないから」という態度。

いや、そんなこと言ってたら運転する資格ないよ。と突っ込みたくなりました。

(私達が突っ込む前に警察の方が突っ込みいれてくれました)

 

もちろん予約していた夕食のお店(居酒屋的な場所)は予約変更。席数が多かったのと、日曜の夜ってことで遅い時間になっても大丈夫、と言われて安心したけれど、これがちょっといいお店とか、そんなに夜遅くまでやってないお店とかだったら、ホント、ガッカリだったよね。さすがに。

それからたまたま友人たちと出かけて、それぞれの自宅近くに送り届ける予定で車を長めに借りていたから特別問題なかったけれど、一応レンタカーなので借りている時間オーバーとかだったらもっと面倒なことになっていただろうなーとも思います。

事故の件はカーシェア側が対応するにしても、オーバー分のレンタカー代金とかって自分たちで請求することになりそうじゃない?(実際はどうなのか分かりませんが)

(今回は案件が完全に10-0の事故で、返却時間にも影響がないためその後の事故処理はカーシェア側がやってくれることに)

 

起きてしまったことはしょうがないし、人間完璧じゃないからそういうこともある。そう思うけれど、先方のあまりにも人任せな態度(当事者意識のなさ)に、正直、私達の楽しい時間をなんだと思ってるんだろ? って気持ちがちょろっとわきました。

 

基本的に、人生で起こることは自分たちになんらかの意味があるもので、まあ起きたことはしょうがない、対応力を求められているで自分ら!というスタンスの我が夫婦(と仲間たち)

今日もボランティアの帰りという、なんとも徳のある休日の過ごし方をしたワケですが(笑)これも菩薩になるための訓練なんでしょうかね(笑)

 

結果として夕食の予約を入れていたお店には行けましたが、予定していた時間よりも1時間半ほど出発が遅れた上に、渋滞にもつかまってしまい、(渋滞を避けた時間配分をしていたつもりだった)運転者の夫はだいぶ疲れてしまったよう。

仲間たちはそれを感謝し、励ましつつ、元気が出る明るい話題を車の中でたくさん話してくれたのは本当に楽しかったしありがたかった。

 

今回は事故という形で見えたけれど、「時間に対する価値」を低くみている人って結構多いなあ、というのは社会に出てから感じたことの一つです。

高校生や大学生の文化祭じゃないんだから、と思うような価値観の大人(良い年をしたおじさん、おばさん)が多くてびっくりすることが多いのです。

 

時間に対する価値をきちんと理解していないと、平気で他人の時間を奪う人になってしまいます。

井戸端会議に引きずり込む人

飲み会に半強制的に誘う人(二次会、三次会に引き止め続ける人)

泊まりがけの合宿なんかで寝る人を引き止めてしゃべりつづける人

 

自分自身も気をつけたいと気を引き締めるとの同時に、何か相手に時間を使わせてしまうときは誠意ある対応を心がけたい、と思いました。

 

追記

仲間の一人が、自分がもしも擦ってしまった側だった場合、時間を使わせてしまったことを詫びる意味も込めて、これで美味しい物をたべてください、と警察対応などが終わった後、取り急ぎその場で1万円くらいあげちゃうかも。と言った話で全員が盛り上がりました。乗っていた人が一人じゃなくてグループってことは、運転手以外の同乗者の時間も奪っているんだものねえ。

もしも自分が加害者になってしまったら……というのは、こういう機会でもなければ考えなかったことなのでよい機会にはなりました。

 

信用が評価される世の中で生きるということを考えさせられたボランティア

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昨日の日記にもポロっと書いたのですが、トライアスロンの大会のボランティアに行ってきました。

きっかけとしては、元々夫とその友人が各地のオリンピックディスタンス(オリンピック選手が走る距離のトライアスロン)、アイアンマン70.3(オリンピックより距離が長いやつ)というトライアスロン大会に出ていたこともあり、近場の大会でボランティアしてみようよ!

ということで、他マラソンやショートのトライアスロン大会経験者(私も含む)の友人グループでボランティア参加することになりました。

kuro-yan.hatenablog.com

 

ボランティア募集を公式にたくさん募っているわけではないのですが、企業のボランティアなどを見て、友人が代表者として開催自治体と直接電話で聞いてみて、ボランティア団体グループとして登録。大会のボランティアにこうして自発的に参加するのは初めてなのでドキドキわくわくでした。

が、心配材料が。

・当日イマイチ自分たちが何のボランティアをするのかという詳細までは送られてきていないこと。

・選手のときはいつも送られてくる大会概要(手荷物受け取りの時間帯、トランジットの注意事項、などなど)がないため、大会全体像の事前把握ができないこと。(これは現地で当日言われるのか、そういうことがまったくない場所への配置なのか、と想像を膨らませていた)

まあでもボランティアですし、行ってみての応用力を高める良いチャンス!と当日を迎えました。

 

到着は余裕をもって一時間前に。自分たちとしては正解だったけど……

指定時刻より一時間近く余裕をもって到着できました。

理由としては、

・当日周辺が交通規制などで混雑する可能性(詳しいコースマップさえ選手ではないせいか情報を取れなかった……)

・指定駐車場から本部までの距離が遠く当日通行できるルートが規制されて時間がかかってしまう可能性

があったから。

早めに到着し、本部に挨拶をしに行ってボランティアリーダーさんも人当たりがいい感じだったのですが、仕事の詳細はまだよく分からず。

トイレに行っておく、会場内をぐるっとして把握する、ちょうどトップ集団のゴール時間と重なったので、拍手、などなどして雰囲気掴み、をしました。

でもとりあえずここまでで、いつも大会に出場した時にボランティアの方に分からないことを聞いても、ちょっと分からなくて……と言われる理由が分かりました。選手側に配る要項と同じ物をメールで送って、印刷は自分たちで(もしくはスマホで確認してね)くらいでもいいことをやればいいのになあ、と思いました。メールで送るだけならそんなにコストかからないと思うけど。

 

 

実際にやってみて感じたことリスト

ここからは実際にボランティアとして活動してみて、思ったこと、感じたことです。

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適材適所、仕組み化をするリーダー人材が足りていない?

自治体の大会なので、市のスタッフがボランティアとして参加しているけれど、適材適所感がまったくないし、多分スポーツの大会なんて全然来たこともないような人もいました。

例えば私達は後半に、ランの周回コースで道を間違えないように間違えそうな場所に立つ役割でした。ただ立つ、で仕事としては成り立つんですが、大抵他の大会だとそういうスタッフさんの応援がめっちゃあって、それが選手側としてはめっちゃ嬉しいんですよね。

ボランティアとして大会を盛り上げたい気持ちもあったので、我々で盛り上げようぜ!ってことでめいいっぱい声を出して応援してきました。

市のスタッフさん、誰も声だしていなかったのですが、私達が参戦して声を出すにつれ、なんか周りも盛り上がり、ラストランナーもみんなで元気よく、雰囲気よく送り出すことができました。

これは+アルファな部分ですが、各所でなんか仕組みが上手く回っていない感があり、夫や友人が提案、実行する場面も多々ありました。かなりよく働いた方なんじゃないかなあ。だいぶ感謝もされたし。

市のスタッフなんて、事前に大会概要把握なんて簡単だし、人によっては毎年スタッフやっているのだから、もっとそういう仕組み化がすすんでもおかしくないのになあ、と驚きました。

例えば震災があると、ボランティアの体勢が整うまで個人のボランティアはお待ちください、みたいなアナウンスあるじゃない。ああやって急場でやるボランティアなら分かるけど、これって事前に分かることも多いし、毎年やっているんだから、そういう仕組みも整えればいいのに……と思ってしまいましたが、そういう人が配置されていないのかもしれません。

ボランティア用のお弁当なんていらなかったので、そういう人材配置にお金使って欲しいと思ったり。

 

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そもそも、もっとよくしよう、という改善意欲が低い?

私達にいろいろ気がついたことがたくさんあったので、大会終了後にそういったアンケートがあればこんなことを書いて残したいね、と思うことを、お仕事をしながらみんなで話していました。

が、終わってみればそういったアンケートなどは一切なく。リーダーからも、どうでしたか?と聞かれることもありませんでした。

また、ボランティアで振られた役割自体が終わったあと、撤収でどうぞ〜と緩めに言われたのですが、大会終了後にコースを作っているコーンとかそのままだったんですよね。

審判のオジさんたち(後でボランティアと知る)2、3人で何百個とあるコースを形作っていたコーン(とポールと重し)を片付けていたので、近づいて声をかけてお手伝いすることに。

役所からの派遣スタッフがほぼほぼ撤収していたので、残っていたのが私達と私達のボランティアリーダーの方。派遣スタッフとやる仕事だったみたいだけど、連絡が上手くいかなかったっぽい。

ただの有志ボランティアなのにいいんですか?とリーダーの方に言われつつ、私達はやる気まんまん(笑)みんなで審判員の方のお手伝いで体を動かす労働もしっかりやってきました!

もちろん暑い日だったから体力の問題もあるし、(普段運動なんてしなさそうな人達も多そうな感じだったし)無理は駄目だけど、事前に想定していた仕事以外のことがないか把握して来年に活かすのも仕事だと思うし、最後までいて欲しかったなあ、と思ったり。アンケートないなら尚更。私達は、毎年必ず参加できるボランティアとは限らないのよ。

 

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オフィシャルな審判でさえボランティアだった。

これは普段大会に出ていたものとして頭が下がりました。トライアスロンって他の競技に比べて参加者の平均所得は圧倒的に高いと思いますし、協賛やスポンサーも結構いいブランドがやってきていたりします。(アイアンマンの大会のときはマセラッティがいた)

なので審判なんかはちょっとした謝礼くらい出ているのかなあ、と思ったら0だとのこと!これはこうやって参加して、なんかやる気ある若者グループじゃん!って思われて声かけられなかったら分からなかったことでした。

ま、審判やっているおじちゃんもかなりの高所得者で余裕がある感じっぽかったですけど(笑)笑いながら、「謝礼なんて0だよ〜。国際審判員の資格も持っているからたまに海外にも行くけど、全部自腹(笑)」って(笑)

今後大会に参加するときに、審判の方に対するリスペクトがアップしそうです。

もちろんボランティアさんにも!

来年も是非って言われたのと、審判資格とってよ!と言われたので、来年までにみんなで勉強して資格をもって参加しに来ることになりそうです(笑)

 

 

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信用の積み重ねが見えやすい世の中で生きて行くということ

今回いろいろボランティアをやってみて、終始思ったことは「もったいない」ということです。

例えば役所から派遣のボランティアさん。絶対もっと適材適所あったと思うし、自分が楽しい、やりがいのある、と感じられないと、もっとこうしたいな、と仕事の質を上げていこうとは思えないよね。

もちろんやりがい搾取とか、そういう法律違反案件はだめだけど、お金にならないけど力を尽くすことって、目には見えない信用だったり、縁だったり、結構いろいろなものを得られるチャンスでもあります。

特に今の世の中って、元々労働の価値を暫定的に形にしたお金と同じくらい、誰かにこんなことをしてあげてた、みたいな信用の積み重ねがネットによって見えやすくなっています。(AirbnbUberも提供側、使用者側両方の評価を蓄積している)

そういう信用がいっそう大事になってきた世の中で、こういうお金に結びつくかどうか分からないことが、自分の人生を豊かにしてくれたりするんですよね。

例えば今回だったら、一生懸命やってあの審判員のおじさんと顔見知りレベルで仲良くなって、たまたま普段の仕事で出会ったときに、おじさんが自分が仕事する地域のドンみたいな金持ち社長で、でもボランティア繫がりで上手く普段の仕事に繋がった、みたいなこともあり得る訳ですよ。

私の夫はこういう小さい積み重ねによって、本来なら100万近いチャリのパーツをそういう金持ちおじさんに半額以下で譲ってもらえたりしているので、本当に信用とか人間性とか大事。金持ちな人ほどそういう人間を見る目はしっかりしていたりする。(そうじゃないパーティー社長もいるけど)

 

得をするから、とは必ずしも言えないけれど、形ではない財産を自分に形成するという意味で、人生を豊かに生きるライフハックの一つかもしれません。

お金をたくさん稼ぐ力も大事だけど、信用をたくさん稼げる力も同じくらい大事だし、違う環境に放り出されたときに、最初に力を発揮するのは信用をたくさん稼げる力難じゃないかな?とも思っています。

 

というわけで、ボランティアで感じた、信用が評価される(されやすい)世の中で生きるということ、について考えたことでした。

 

追記

学びの多いボランティアだったのですが、この日はまだまだこれで終わらなかったのです……。違う事件が起きたことは、また明日書き残したいと思います……。