まっすぐにいこう

けいぞくはちからなり

寒くなるにつれて本屋さんや文房具屋さんに出かけるのが楽しくなるワケ

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この時期になると、本屋さんと文房具屋さんの密度が一気に濃くなる。そう、モノにあふれるのだ。実際、数値的にあふれているのかどうかはしらないけれど、春や夏よりもモノが多いように感じる。

 

ハロウィンの飾り付けに変装グッズの数々。キャンドルとかペナントみたいな部屋の装飾品。十月が終わった途端にこれは全てクリスマス仕様に変わって、何種類ものクリスマスツリーが飾られる。電飾と飾りにあふれて、それだけでもすごい数のモノだ。

 

これに加えて、本屋さんと文房具屋さんにあるのが、手帳だ。日本はあらゆるものが四月始まりなのに、手帳売り場は一月の方が豪華に見える。

なんだかんだ、一月始まりを買う人の方が多いのだろうか。

 

厳密には手帳は大体十二月くらいから始まっていたり、最近だと十一月とか十月とか。もっと前年の手帳を大事にした方がいいんじゃないかと思うんだけど。十月はまだ分かる。転勤が多い季節だし。けれど、9月始まりってどういった人にニーズがあるんだろうか。そんなに海外に留学する人が多いとは思えない。

 

手帳が置かれ始めると同時ににぎわうのが、手帳の使い方に関する雑誌や書籍だ。なんだろうか、あの魔力。

あの一冊に沿って、手帳を使えば次の一年がバラ色のようになりそうに思える魔法。実際には年が明けて二月、三月と月日が経つに連れて手帳に書き記す内容はシンプルになって、前年の自分と大して変わらない書き方に戻るんだけどね。

色づけしてかわいくするなんて、多分図画工作とか美術が好きだった人の特権で、それに食いつくのは、図画工作や美術の時間に、上手な子の作品が素敵でそれをちょっとパクリだと言われない程度に真似していた子だったんじゃないだろうか、と思う。

自分も含めて。

そう、何を隠そう自分も色づけやら日記やら、日々の記録を手帳にかわいく、おしゃれに書き込んでいた過去がある。実際にそれができたのは高校生の時だけだった。確か勉強の記録を書いていた気がする。

事細かに、ローマの皇帝の変遷とか、生き物の解剖図とか一日一ページの手帳に記していたけれど、だんだん面倒になり、最後は先生に聞きたいことリストをシャープペンシルで記入するだけとなっていったのは懐かしい思い出だ。

 

大学生になって、一日一ページが向いていないことに気がついて、マンスリーをつかったり、足りないと思ってウィークリーを使ったり、やっぱり多いと思って今度は大きめのマンスリーを買ってみたり。

試行錯誤の四年間だった。

一日一ページさえ書けないし、ウィークリーはさぼりがちだったけれども、マンスリーの部分を見ると、一日とて空白のない、かなり充実した四年間にはなった。

手帳様々なのか、自分の行動力の賜物なのかはもはや分からない。

けれども、手帳で変わる、系の本は立ち読みはさらっとすれど、購入してじっくり読むことはなかった。

 

社会人になると、手帳はすっからかんになった。

予定はあるけれど、スマホのカレンダーに記入するようになった。仕事中の予定は勤務先内で使う予定表に全て記入していたから問題なかった。

 

結婚してからは二人で書き込めるカレンダーアプリを使い始めた。ここで手帳がもう入らないことに気がついた。

メモ帳だけは持ち歩いて、手帳はスマホ。充電切れたら見れないじゃん、というけれど、充電が切れたらカレンダーを見る以上に困ることが多いので、充電を切らさないように気をつける。

 

そして手帳が自分から離れてみて、はじめて自分が手帳に書き込みたいことが分かった気がする。

私が手帳に書き込みたいことは次のことだった。

 

1.1年間のやりたいことリスト(夢リスト)

1年のはじめに、どんなにぶっ飛んでいても良いから、人生でやりたいことリスト100を作るようにしている。100万円のワインを飲んでみたい、とかゾウ乗りの免許を取りたい、とか、やるかどうかは別としてやってみたいことを書き連ねる。

意外と毎年少しずつ変わるもんで、自分の価値観の変化を感じることができるし、4、5、6月あたりとかで中だるみをしたり、何をしたら良いか分からなくなったときに見直したりすると、100こあるうちのいくつかくらいはそのときに実行できることだったりする。

そして1年をふりかえると、半分とまでは行かなくても四分の1くらいは達成されてたりするんだから面白い。ある意味、夢の予定なんだと思う。

 

2.達成したいことに対する、月々の行動目標

教養をつけたいが、その年の目標だとしたら、じゃあ年間を通して達成のために何をしますか、が行動目標。この行動目標を月々くらいまで数字で落とす。そうすると、今月こんなことをすればいいのか、という自分の行動指針になる。そうすると、とりあえず暇で何をしたら良いか分からない時間、というものがなくなる。

全ての時間が自分にとって意味のあるものになるから、これすごく自分にとって大事。

 

3.月のものが来た時のしるし

案外これ大事。アプリもいいけど、予定を立てるときにうっかり温泉に行く計画とこれをかぶらせようものなら、まじオワタ。になる。悲しくならないように、本当は夫婦共有のカレンダーにでも記録したいけれど、仕様上年間を通してどんな動きだったのかとかは見直しにくい。紙の方が見やすい上に、予測が立てやすい。

 

今年一年は手帳をお休みした私だけれど、なくして一年過ごしたことで、自分が本当に何が書きたいか分かった気がする。

さて、こんな自分にはどんな手帳が合うのかな。

週末、ちょっと下見に行こうかな。

 

 

 

日本で一番、観光案内所が冷たい街なのに

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数年に一度はなぜか京都に行きたくなる。

生まれも育ちも京都から遠く離れた場所で、元々の縁もゆかりもないはずなのに。

 

私が京都に惹かれたのは高校一年生の時だったと思う。古典を読めば読むほど、その中心となる京都という街がとても気になった。

少女マンガやドラマをみて東京に憧れを持つ感覚と似ていたのかもしれない。周囲が夜のドラマにはまって、東京で働く女や主婦が描かれた世界に憧れるように、私は京都で生きた女性たちに憧れた。

 

初めての京都は色鮮やかで、目が離せないくらい夢中になった絵画に閉じ込められたような、そんな気分になった。

 

次の年にも京都に行った。一人で行った。

ついでに初めての一人旅だった。

前に来た時とは違った風景が見えた。前は色が鮮やかだった記憶しかないのだけれど、このときは木の香りが強く鼻に残った。

 

そこから間を空けて、二年後にまた行った。また一人だった。大阪をめぐった友達は先に帰り、京都には一人で行ったのだ。

2回目の一人の京都では、恋占いをしたのを覚えている。

1回目は大吉で、その半年後に一度もデートをしなかった、彼氏とカウントできるか怪しい彼氏と別れた。

 

2回目も大吉だったけれど、期待はしないことにした。もしかしたら、大吉しか入っていないのかもしれない。

 

3回目はそのまた三年後、友達に会いにきた。

その後一人で歩く京都はまた新しかった。結婚もして、心が穏やかだったせいもあるかもしれない。

神社を歩くスピードも、ゆっくりになった。

 

そしてまた、京都に行きたくなっている。

何度行っても全国で一番、観光案内所が冷たくて、正直おもてなしは微妙だと思っている街だけれど。

 

 

ルールはつくってもいいけれど縛られては意味がない

 

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お題「マイルール」

生活を積み重ねていくと、自然とこういうときはこう、というルールができあがる。気がつけばそれは自分だけの自分が守るルールになっていて、それは自分が自分らしくいられるような手伝いをしてくれる。

けれどもたまに、必要以上に自分を縛り付けたりもする。自分で作ったルールなのに。

だから、どんなルールがあったか、少し自分を見つめ直してみようと思う。

 

マイルール1:人の話しは最後まで聞く

途中で会話を止めないで、相手が話したいと思うがままに話す様子を止めない。話しを聞いて欲しいのか、意見が欲しくて話しているのかを、聞きながら考えることも忘れない。

 

マイルール2:好きなものを食べる

無理な減量はしない。自分が一番素敵に見えるのは、好きなものを好きなだけ食べて、幸せに浸る時だと思うから。ただし、自分の心の声だけでなく体の声もしっかり聞くのは怠らない。心は良くても、体は求めていないもの、量は口にしない。

 

マイルール3:友達や家族を大切にする

お金がなくても信用があれば大丈夫。もともとお金は信用だったから。私がみんなを必要としていて、私もみんなにとって必要、もとい大切な存在になっていれば、人生大概なんとかなる。

 

マイルール4:人に押し付けない

これが自分の中で一番大事にしているかもしれない。自分なりのマイルールも含めて、価値観や意見を誰かに何かを押し付けることはしない。その人自身が考えて答えを出すことに一番意味があると思うから。

 

自分なりのマイルール。きっとこれからも少しずつ、増えたり減ったりするかもしれないけれど、ルールに縛られないように生きていきたい。

 

 

 

 

行ってみたい場所はただ一つ

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今週のお題「行ってみたい場所」

 

高校生の時、世界史の資料集はどんな旅行ガイドブックよりも魅力的な本だった。不思議な遺跡の数々。建築の巨匠達が建てた教会や宮殿。いつ、だれが作ったのかも分からない不思議な建造物。

1、2枚の写真では物足りなくて、インターネットで検索しては現地に行って生でみることを夢見た。いつか大人になったら行きたい。

 

大人になって、時間をやりくりしてはあのスーパーガイドブックに書いてあった場所を巡るけれど、まだまだ行ききれていない。そういう意味での行ってみたい場所はたくさんある。

インドでタージマハルは絶対にみたいし、香辛料がずらりと並んでいる風景も見てみたい。スペインに行ったらアルハンブラ宮殿に行きたいし、生のパエリアが作られる様子と作る人の姿も見に行きたい。ナスカの地上絵も見に行きたいし、マチュピチュ遺跡も行ってみたい。

けれどもこれらはきっとこの先、私が行動を起こせば行けるはずだ。第三次世界大戦でも起きない限り、世界は自由に歩けるし、自分が思っている以上に行きたいと思った場所には結構すぐにいけるもんだということも、大人になるまでの間に学んだ。

 

けれども、そうではなくて、ガイドブックはもちろんなくて、前情報もないけれど、そんな事前の知識とか関係なく、ただただ好奇心で行ってみたい場所はあるだろうか、と考える。

 

 

一つだけあった。それは宇宙だ。

宇宙に行ってみたい。とてつもない金額のお金をかければ、今でも大気圏辺りまで民間人が行けるようだけれども、そういうんじゃなくて、月とかに行ってみたい。

地球ではない土をふむというのはどういう感覚なのだろうか。

 

残念ながら、宇宙の知識にも乏しいしそれを仕事にできるくらいの情熱はない私ができることは、きちんと納税をすることと、世界ができるだけ平和にいられるように知識を身につけること、そしておばあさんになるまで体力を落とさないように自分を鍛え続けることだ。

長生きすれば、火星にも行けるようになるかもしれない。孫に敬老の日のプレゼント何が良い?って聞かれたら、火星旅行!って即答できるように、自分自身の健康寿命は延ばしておきたい。

 

というわけで、私の行ってみたい場所は、宇宙。

 

 

7年寝かせた本を読んだ

 

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私は本を読むことが好きだ。

高校生の時は本を読みすぎて受験勉強ができなくなると思って、自分に読書禁止令と図書館禁止令を出して受験生を乗り切った。

体育会系の道を歩んできたのに読書量は文芸部員と会話で盛り上がれるくらいには読んでいた。

 

そんな私には、この本を読みきっちゃったらもったいない、と思っている本がいくつかある。読む前から、絶対に面白いから、とっておきの時間までとっておこう。読むときには快適な室温、クッション、等環境を整えて、さらに時間に余裕がある連休に、読んだ後の感傷にも浸れるようにとっておきの時間を用意して、というここまで手を入れて、読みたいと思っている本がある。

 

そのうちの一冊をついに今日解禁した。発刊から7年。ついにだ。

作家からみたら早く読んでくれよ、って感じかもしれないが、私としては最高の環境を整えて読みたかった一冊だった。

 

それがこちら。上橋菜穂子先生の獣の奏者、外伝だ。

 

本編は登場するごとに読み進めてきた。その後アニメもみた。

そして満を持して、今日外伝を読んだ。

 

読んだ感想はといえば、7年寝かせたかいがあったというもの。

熟成されて、とてもよかった。

7年前だったら多分自分自身が未熟過ぎて、このよさが分からなかったと本気で思う。

 

ああ読んでよかった。

 

 

 

ついに夫も引きずり込んだ

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今週から私はホットヨガにはまった。もう最高だ。

そして今日は夫も引きずりこんで、一緒に行った。元々何か誘って嫌がったりする夫ではないし、むしろ初めてのことに積極的な夫だったから、引きずり込むまでもなく一緒に行ってくれた。

 

しかし結果、夫もホットヨガにはまった。

よっぽどよかったらしい。

しばらく二人で通うことになりそうだ。

 

私の股関節はまだ固い。

ちなみに夫より固い。

悔しい。

 

 

ホットヨガにはまった

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旅行続きで気がつけば体重が4kgも増えていた。去年は体調不良も重なってゆるゆるだったお気に入りパンツがきつい....

体重が増えると服がきつくなることよりも嫌なことがある。それは脳がぼやけて、体の動きもにぶくなることだ。

適正体重より少し増えると、生産量は本当に減る。逆に適正体重もしくは少し少ないくらいだと、時間辺りの生産量がとても多くて、仕事が捗って自分の心の健康にはとてもいい。多分体の健康にもいい。

 

今回ただ旅行に行っただけでなく、途中実家に寄ったことも大いに影響している気がした。父や母というのはいつまでも娘という存在に対して多分な栄養を与えたくなるものらしい。子を宿して戻ろうものなら、すぐに妊娠中毒にならないよう気をつけなきゃな、と心の内で思った。

 

そんなこんなで私の体重は意図せず4kgも増えてしまった。なんとかこれを減量せねば。普段のジムでのランニング量も増やすし、しばらくお酒は控えよう。

 

けれどもこれを機会にもう一つ、自分自身を健康に維持する習慣を身につけたい。そう思ったとき、普段ジムでランニングマシーンに乗るばかりでプログラムなるものに一度も参加したことがないことに気がついた。

同じ月の会費を払うなら、もっと活用した方が良い。

トライアスロンのためにプールがあるジムを選んだけれど、いろんなスタジオでヨガやらエアロビクスやら、楽しそうなことをたくさんやっているではないか。

 

そして私は入会時から気になっていたホットヨガに挑戦することに決めた。

開脚からの体が床に着くくらいには体は柔らかい部分もあるのに、こと股関節に関してはその辺りのオヤジより固い。女性は他の部分は固くても股関節はみんな柔らかかったりして、密かに自分のコンプレックスでもあった。

そんな固い股関節を柔らかくしたい→ヨガやってみよう→ホットヨガやってみよう

というなんとも短絡的な思考のもとで始めてみたけれど、これがとても気持ちがいい。効果はまだ実感できるほど続けている訳ではないけれど、はまりすぎて今週は毎日参加してしまった。

今週だけではなく、来週も参加したい。毎日となると息切れするから、せめて週一でも。でもあの気持ちよさ、しばらく病み付きになりそう。