くろやんの日記

思考・映画・ごはん・旅・自転車・読書・ライフハックのメモ帳

新しい、が始まる日

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10月は2日。月曜日。今日から新しい部署に異動になったとか、転勤された方も多いと思う。そんな反動か、都心部では人身事故が多発。

 

社会に出て追いつめられる前に、学生のうちに東南アジアの貧困国とかアフリカ奥地の村とかに行くとか、世界の過酷な状況に触れておくことで、とりあえず生きておこうとか、逃げようとか、そんなことを考えられるようになるんじゃないかと本気で思う。

自分の心の耐性を作っておくという意味で、社会人より逃げ道が多い、学生、生徒、児童時代に失敗とか、ちょっと自分が頑張らなければいけない状況になってみて、どうやって頑張れば良いか、そしてそういう時の逃げ方とかを学んでおくことは重要かもしれない。

人間がもっと成熟した生き物だったらもっと暖かい、どこかの王室のような貴族のような心持ちで生きていいんだろうけど、まだ人間そこまで進歩していないのが社会に出てみて感じることだ。

もちろんいい人もいっぱいいるし、幸いそういった人に囲まれている今は幸せだけど、必ずしもそれだけが人生という訳でもない。

 

新しい場所でのことが始まったかと思いきや、実は今年はもうあと3ヶ月。2017年もそろそろ終わりだと言わんばかりに、文房具屋さんでは来年度の手帳の販売が始まったようだ。

最近は9月始まり、という手帳があるけれど、さすがに9月早過ぎね?と思うんだけど、需要はあるんだろうな。どういう人が買うんだろ。

 

 

10月の目標を考えてみる

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大きな目標過ぎて途中自分がついていけなくなった気がした9月。今月はこの日記を始めた時の初心に返って、超絶ミニマムな目標にする。

 

 

*本を読んで教養を深める。(目標まで残り35冊)1ヶ月で11、12冊ペース

日本の歴史についてきちんと知りたい→司馬遼太郎のシリーズ

古典をきちんと読んでみる→気になる著者メモ:ドラッカーシェイクスピアデカルトカフカカミュ

 

*映画を100本観る。(目標まで残り53本)1ヶ月で17、18本ペース

Amazonプライムを活用。毎日観る時間を決めればよいか。

 

*1冊洋書を決めて読み切ってみる

アソーカを読み切って、スターウォーズのコアファンに仲間入りしたい。(笑)

 

 

*TEDをみて、世の中の色んな人の色んな考え方を知る

日本語字幕も出るので、活用したい。ジムで走っているときに観ようかな。

 

*小説を書いてみる

今月中にプロット。あと2章分。後半から書き始めたい。

 

*フルマラソン完走

 

朝と夜に柔軟。ランニングトレーニングのときに筋トレもセットに。

 

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具体的行動は以下。ミニマムを心がける

 

*本を読む

 

坂の上の雲は残り5冊。先月と同じくらいのペースで読む。

読む時間を決める・・・重めは朝。軽めは夜。

 

*映画を観る

 

週に一度朝活と称して、朝に映画を見てみよう。週1以上。前の晩に観たい映画をパソコンでセットしておく。7時に見終わるためには5時か4時半には見始める。週に1回!

 

*洋書

アソーカを読み進める。チャプター一つが短いので、1週間で1チャプター。

 

*プロット作成

あと2章分。これが終われば書き始められる。

 

*トレーニング

 

朝起きたら柔軟、を習慣にする。

 

 

9月の目標達成率とまとめ

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9月の目標達成率とまとめ

*本を読む

坂の上の雲(8冊)、ドラッカー・イノベーターの条件、海賊と呼ばれた男(2冊)

+5、6冊(未定)

坂の上の雲は現在3巻意外と重たい。しかし今月の読書量は31冊。1日1冊のいいペースだった。

 

*映画を観る

きっとうまくいく、スノーデン、ハドソン川の奇跡テルマエロマエⅡ、ブリッジオブスパイ、

+7、8本

きっとうまくいく、テルマエロマエⅡは鑑賞済み。他、カンボジア旅行に向けて、ラピュタを鑑賞したけれど、意外と数観れなかった。 

 

*洋書選書…ネット情報を元にまずは選書。9月後半からは読み始めたい。

TOEIC学習向けの冊子を買ってみたが、その後大好きなスターウォーズのまだ日本語訳が出ていない話が気になって、原書購入。したものの、まだ読み薦められず。10月は少しずつでも読みたい。 

 

*英字新聞…色々あるけれど、日本以外の視点を踏まえてTIMEを読むことにした。

見出しだけチェックする日々。途中でTEDにもはまる。 

 

*プロット作成…手探り。ネット情報に沿ってとりあえずやってみる。

あと2章分。これが終われば書き始められる。 

 

*トレーニング

筋トレ、柔軟、ランニングのセットをおこなう。月曜日はジム休みのため自宅で筋トレと柔軟。

ランニングはコンスタンスにできたが、筋トレ、柔軟はさぼりがちに。膝上の筋トレは気を引き締めて取り組んでいきたい。

 

この日記を続け始めた時のように、目標は超絶ミニマムにしよう、と心に決めた。もちろんある程度は自分を追い込むことも必要だけど。

 

 

 

ラピュタの主人公をドーラだと思ってみてみたら結構面白かった

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今晩の金曜ロードショー天空の城ラピュタだった。金曜ロードショー、私時間、another skyは私の中で結構好きな番組で、金曜日の夜にこの流れをワインとチーズ、ビールと鮭トバ、なんていう組み合わせを共に観るのが最高に嬉しい時間だ。

 

ジブリの作品なんて、特にナウシカとかラピュタとかって、金曜ロードショーだけでなくDVDを借りて観た回数とか、幼い頃に友達の家で観た回数も含めたら、何度みたか分からないのに、今夜もまた観てしまった。

何度も観たのにまた観てしまう。私は勝手にジブリマジック、と呼んでいる。

 

もう何度目かになってくると、隠れて描かれているキャラとか後日インタビュー等で監督が想いを込めていたシーンとか、キャラの裏設定とかを確認しながら観るようになってくる。監督が飛行機マニアであることを知ってからは、乗り物の描写を真剣に観るようになった。

シータが飛行席が指した方向についてドーラに説明する言葉なんかも、小学生の時はちんぷんかんぷんで、よくわかんないけどシータすげえ、頭ええとか思ってたけど、大人となった今は、なるほど〜と理解できるようになった自分の成長を感じたりもする。

 

そんなこんなでラピュタを何度も楽しんできたつもりだけれど、今回自分なりに勝手にやってみた見方がある。

それはドーラ船長が主人公だと思って観てみる、ということだ。

もちろんこの話はどうみてもシータとパズーが主役たちなんだけど、ラピュタで最初に登場するのはドーラ一家だし、最後に登場するのもドーラ一家だ。

すごく大切に描かれているのがよくわかる。

 

ドーラのラピュタ冒険談、とか将来ドーラが引退の際には本書けそうだな、とか思ったとき、これ、ドーラ視点でみても面白いんじゃないか、と思って、ドーラが主人公、と思ってこの映画を見てみた。

 

まず登場シーン。巨大な飛空挺に乗り込むシーンなんか、ヒロインシータより格好いい。おまけにこれ、若かりし頃のドーラの姿と重ねると、なかなかにいいシーン。50歳という年齢で登場したからすごい迫力もあるけれど、もっと若い設定で、昔のあのドーラの姿で出てきてたら、案外シータのいい助けになってたんじゃないかとか、友達になれてたんじゃないか、と妄想が膨らむ。

 

そしてドーラがあと一歩というところで、宝は逃す。その後も逃し続けるけど、パズーに対しての煽り方とか、自分が若かったらこんな男に追いかけられたかったよ、感がはんぱない。

そしてここでもドーラの設定が30くらいのふ〜じこちゃ〜んみたいな感じだったら、と思うと、もう超スーパーヒロインだ。

 

煽りに煽ってパズーがついてくる。一緒に乗り込んで、女は度胸だっていって要塞に乗り込むシーンなんか、ドーラ主役でしょ(笑)

 

ドーラ視点だと、伝説の空島ラピュタを目指していた途中で、女の子と男の子を助ける。この子たちがラピュタへたどり着くための重大情報を握っていた。みたいな。

ようやくラピュタにたどりつくものの、ここで軍に捕まる。しかし、女の子と男の子それぞれの活躍により、助けた恩を返され、無事宝をくすねて地上に戻ることができた。

みたいな。

 

この後の世界展開としては、

まだまだ取りきれないほどたくさんの宝を積んだまま、空へとラピュタは飛び立った。みたいな感じて、その1000年後にドーラの日記を読んで宇宙に飛び立つ宇宙族みたいなのが登場する世界とか。

 

その前に、多くの宝が海へと落ちた、とか書いてあって、300年後くらいにドーラの日記を読んで海に旅立つ海賊たちの世界もありそうだわ。

 

ドーラが主人公、と思い込んだだけでこんなに楽しいラピュタの見方がまだあったとは。という発見だった。

 

今度は誰を主人公だと思ってみてみよう。

 

 

自立して生きていきたいと思う最近

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最近、国のバカヤロー

といった類いの主張を多くネット上で見る気がする。ネットは基本的に匿名だし、普段バカヤローとか言えない人でもバカヤローって言えるから、私が思っているよりも気軽な、手軽な言葉なのかもしれない。芸人でもよく言ってる人多いし。

 

私は多分、愛国心が強い方ではない。かといって、愛国心が全くない訳ではない。着物とか浴衣は好きだし、見たり着たりするときれいだなって思うし、大事にしたいとも思う。国産の野菜をなるべく買いたいとも思うし、みそと米がなくなったらとても悲しい気持ちにもなると思う。

けれども、日本の少子化問題に対して、日本の状況を考えれば人口が増えた方が良いんだけど、世界規模で見たら人口がこのまま増えすぎると、人類が人類の手で滅びんじゃないかと思うし、そういう視点で見ると、戦争とかでなく平和的に人口が減少しているのは、案外いいんじゃないかとも思う。日本人って民族が少なくなっても、日本を愛してくれる人が多ければ問題ないんじゃないかな、みたいな。

 

とはいえ別に普段からそういう主張をしているかと言われればそんなことはなくて、たまに友達ときちんと手順を踏んだ議論の場になった場合のみ、マナーに気をつけて発言をする程度だ。

 

そんな私だけれども、国のバカヤロー

という発言を冷静に見たときに、それって本当に国なのか。という発言もあるかもしれないと感じる最近だ。

 

 

例えば最近身近な物でよく聞くのが、離婚後の養育費問題。日本の男性の逃亡話はびっくりするくらいたくさん聞く。もちろん女側がどうしようもないやつって場合もあるけれど、大体女の方が肝が据わっていて、子どもつれて逃げるように分かれるパターン、日本の母子家庭の多さからもなんとなく想像してしまう。

(メモ:全然データまだみてない、勉強不足だ。ちゃんとデータ見てみよう)

 

そんなんで、国のバカヤローって叫んでいる人がいるけれど。国よりも先に、夫にバカヤローって言って欲しい。言ってたのかな。

 

もちろん、日本という国のシステムで納得できないところはたくさんあるし、そこすぐ改善できるでしょ、みたいな部分たくさんある。アホだろって思うシステムもあるし、まだそんなの残ってたの?みたいなシステムもある。

 

けれども、国は神じゃない。あくまで私達が選挙で選んだ、人達や、その人達が積み重ねた仕組みで採用された人達に寄って作られた物で、勝手に想像された全知全能の仕組みではないのだ。

 

そう考えたときに、国のバカヤローって本気で言ってる人って、相当国に思い入れあるし、国をすんごく信頼してたんだな、って思う。

 

良い意味で、国に頼らない、というか依存しない、信用しきらない、という姿勢って生きる上ですごく大事な気がする。

今、国が国民に依存(借金とかすごいし)しているから、国民側も国に依存してしまうのかもしれないけれど、国から自立していないと、何かあったときに全て国のせいにしてしまう人ばっかりになってしまう。

もちろん国のせいにするのが悪いことだとは思わないし、そんな生き方も一つの生き方なんだと思う。

 

ただ、それって結構リスキーかなと思う。

自立をしていないと、いつも誰かに頼ることになって、結果自分で自由に選択できる幅が減ってしまう。

それは人だけに限らなくて、国っていう単位でもあると思う。

 

 

インターネットも発達して、田舎でパソコンを持っていなくても、携帯で検索もできるし今はスマホを持っている人も、すんごい田舎に行っても増えてきた。

義務教育で中学までは学をもらえる保証がある。日本でだけで生きようとしたら、まだまだいろんな福祉面が足りていないんだろうけど、最悪生きる、ということにしがみつくのであれば、国を出たって良い。そうやって東南アジアにいく人も今増えているし。

 

いつか国という単位が、私達が今思っているような国という単位は200年、300年後には変わっているかもしれない。

 

もちろんそこまで生きるのは冷凍保存でもしないと不可能だけれど、藩主や王様に頼りきりだった世界が、もっと自由な人達で増えてきた訳だから、そんな世界になるかもしれないよね。

 

 

 

選挙がくるたびに、自分の勉強不足を痛感する

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衆議院解散が決まって、連日ニュースは選挙、政治に関することが多く流れている。新党が結成されたとか、だれさんが離党したとか。

各地域も選挙に向けての準備が始まり、慌ただしいようだ。そんな中、任期満了等に伴う選挙と重なって、当日6つ投票しなければならない自治体もあるらしい。町長選、町議選、知事選、が元々重なっていたところに加えて、小選挙区比例代表最高裁裁判官の国民審査の計6種類だ。関係者の皆さんには真剣にエールを送りたい。開票も大変そう。

 

そんな離党と新党への入会とのニュースの中で、

自分の主張と違っても、その主張を伏せて勝てるところに行かなければ行けない、という言葉が流れた。

 

まあ通常の社会の荒波にもそんなことはあるし、今はその時分ではない、と自分にいいきかせて我慢する場面なんてくさるほどある。政治だって、自分の想いを通すために、今は勝つことを取りにいかなければならない、という論も正しいとは思う。

 

けれども、はたと思ったのは、自分の主張と違っても、その主張を伏せて勝てるところに行かなければ行けないって、その通りそういうこともあるって納得感があるから言いにくいんだけど。

日本社会の一つの特徴な気がする。

もちろん外国でも、そういう駆け引きとかはある。あるときは日本より露骨にあったりする。

でもそこにはゆずれない目標、目的があったりして、それがある程度調べたり勉強したりした人には見えやすいから、その作戦で行くのか〜と思えたりする。

けれども、持っていても出さないのか、自分のゆずれない主張、を繰り出す政治家がみえてこない。主張しているのかもしれないけど弱い。

 

割と関心を持って、選挙公約とか調べたりするけれど、それでもなにがゆずれないのか、見えてこない人が多い。

自分に利己的に動いてもいいから、自分のゆずれない主張をもう少し主張して欲しいなあ、と思う。

 

でないと、何でもいいから起業したいんです、(何でも良いから政治家になりたいんです)って起業が目的の人、同様に、政治家になることが目的の人にみえちゃう。

大体、何でも良いから起業したい人、の心の底は、目立ちたいとかみんなからすごいって言われたいとかっていう潜在意識があったりする。別にあってもいい。相当修行つんでる人でないと、そういった欲は消えないから。

もちろん孫正義超えます、みたいな感じだったらその欲も自覚してコントロールして欲しいけど。

 

主張がある選挙になるかどうか、これだけ政党が混沌とした中で、ゆずれないもの、をみせられる政治家は、それこそこいつ仕事したなって思えるかもしれない。

 

と、ニュースをみてうだうだ頭を巡らせる。

選挙を重ねるたびに、どういう基準で選ぶとか、賢い人の選択方法を学ぶたびに、ああ自分ももっと国のことに感心持たなきゃなあ、と思う。

 

勉強しよ。

 

 

【読書の秋】生き方に悩める女の子に薦めたい本10選

 

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今年の目標の一つが本を読んで教養を深める。

9月初めで100冊という目標まで残り66冊だったけれど、そろそろ9月も終わる今となっては、残り36冊!めっちゃ今月読んでる。

読書の秋ということで、現時点での自分なりの選書をしてみたいと思う。

来年同じテーマをやったら変わるかな。来年の秋まで日記を続けることがこれで決まった。。

 

テーマがざっくりしすぎていると、あれもこれもと選んでしまって、10選どころではなくなるし、100選になろうものなら1日でまとめきれない。多分1日では10が限界。というわけで、テーマをなるべく絞って、10選で。

「生き方に悩んだときに、特に女の子に薦めたい本」で選んでみた。

もちろん女の子じゃない人にも。

 

 

(1)魔女の宅急便シリーズ  角野栄子

ジブリの映画が有名だが、ちゃんと原作はある。しかも原作だと6巻まで出てる。

 ネタバレになるからあんまり言わないけど、キキが結婚して、そのこどもくらいまでお話には出てくる。

 

 

映画では13歳のキキが描かれていて、12、3歳、つまり小学校高学年から中学生が、共感したりキキから学んだりしただろう。

けれども、原作では1巻で1歳ずつ年をとる。そう。6巻は大人になるけれど。魔女の宅急便は、13、14、15、16、17、と思春期の女の子の成長そのものが描かれているお話なのだ。

1人の女の子が大人になるまでの生き方には、魔女というファンタジー要素があるとはいえ、かなり共感できる部分が多い。というのも、キキが悩む姿が生々しいというか、それ女子みんな悩んだよね、みたいな部分が多いからだ。

例えば、1巻のトンボさんとの出会いにしても、その後のトンボとのあれこれにしても、男子ってそうだよねー。そんな男子に振り回されるキキ・・・なんとなく誰かを好きになったときに、例え先輩であっても案外幼い男子に振り回されたわ。なんて自分と重なる。

ライバルだって登場する。自分と同じ魔女が街にやってきて、自分が魔女だったから得ていた注目がなくなった時も悩む。魔女としてどんな風にみんなの役に立つかでも悩む。

 

あーあれ私も悩んだわ、とか。今まさに自分も悩んでいることと重なったりする。年齢は女子中高生ほどのキキでも、一応仕事をしている社会人だからかな。

ほっこり、ゆるく、けれども悩み(特に女の子の)にはすぱっと突き刺さる。そんな6冊。

 

 

(2)海賊と呼ばれた男 百田尚樹

男?でも、女の子にもお薦め。時代は太平洋戦争前後、資源の代表石油を中心にすすむストーリーを読むだけで、とりあえず日本の石油史をさらっと業界研究できる。

主人公は男性だけど、ばりばり働く女性はきっと共感ポイントも多いはず。石油をはじめ、インフラ系に携わるということはこういうこと、みたいな事件や国との関わり方、仕事のやり方はなかなか面白い。

自分の仕事観や自分のいる会社に対する疑問とか、キャリア系の悩みがある人にはいい刺激になるはず。

 

 

 

 (3)Good Luck アレックス・ロビラ/ フェルナンド・トリアス・デ・ベス (著)

幸せって本当のところなんでしたっけ?どうやって手に入れるんでしたっけ?という心構えが、童話風に描かれている。しかも内容の大半がある男性が語るファンタジー童話なので、小学生でも読めるくらいの内容。軽め。

大人なら1番で読み切ってしまう文量かも。

 

銀座の寿司屋にドキドキしながら入ってみたら、板前が結構若い板前で拍子抜け、のような気持ちになるが、味がやばい。本物だわ! みたいな感じの本。

グリム童話のような、ファンタジーな世界観で女子ウケばっちり、なのに中身は幸せの本質に迫る哲学的な本だ。

幸せになりたーい、彼氏ほしい、結婚したーいと思っている女性や、男性に混ざって厳しい社会で生きている女性に、勇気と努力の仕方を教えてくれると思われる。

 

 

(4)RDG レッドデータガールシリーズ 荻原規子

自分の人生に悩む主人公はたくさんいるけれど、悩みの規模が大きい主人公トップ5には多分入る。はじめは小さな悩みから、だんだん巻を経る毎に悩みの黒幕に打ち当たり、その黒幕の規模が半端なく大きかった、というドキドキのストーリー展開も楽しめた。

私達と同じように容姿にも悩むし、勉強にも悩む、将来にも悩む、その姿はもちろんだけれども、この主人公を助ける、お約束のイケメンキャラクターの発言がイケメン過ぎて、読者にも刺さります。厳しいイケメンキャラです。

文章だけでもこいつ絶対イケメンだわーって思ってたら、アニメ化マンガ化されたよう。もちろんイケメンに描かれていましたよ。小説が苦手な方はぜひそちらからでも。

女の子に共感しつつ、イケメンキャラの叱咤激励を受けたい方はぜひ。

 

 

(5)私の財産告白 本多静六著 

安定思考、玉の輿ねらい、公務員男子と結婚したい系女子には本当におすすめ。安定的に生きたいけど、ある程度ギャンブルしない程度に賢くも生きたい、と悩むならきっと役に立つはず。

慶応2年から昭和27年までを生きた、東大教授本多静六の人生哲学本。金持ち父さん貧乏父さんもいいけれど、私は断然こっちの方が好き。多分日本人の気質あった、将来設計の仕方なんだと思う。

毎日文章を書き続けることを日課にしていただけあって、文章はとても読みやすい。昔の人の本、読みづらそう、いやー。というアレルギーも一気に解決してくれる。

本多静六の生き方は本当に堅実で、昔の日本人らしさがあふれつつ、その中でもいかに賢く生き抜くか、の部分は現代にも十分通じる。

 

 

(6)獣の奏者  上橋菜穂子

 何かに強制されている人、絶対的に変えられない条件下で仕事やら学校やらに行っている、がんばって耐えてる系女子におすすめ。

ファンタジーだけれど、不条理な社会に対して戦う主人公を見ていると、自分もがんばろうと思えたり、そのアイディアもらった! と思う場面があったりする。

現代社会に変換すると、獣医になった女の子の話、なので理系女子にもおすすめ。植物や生き物はかなり丁寧に描かれている。生物の営みや、生き物と植物の関係もこちらが驚くほど丁寧に緻密に書かれている。この本の植物図鑑が発行されてもおかしくないくらい。そして特に詳しいのが蜂の話。養蜂場にあこがれている人はきっと必読本。

そしてこれもアニメやマンガになっている。

 

 

(7)図書館戦争シリーズ 有川浩著 

 最近、女の子が頑張っている話で一番売れているんじゃないだろうか、と思っているシリーズ。

図書館で戦争する話です。すごい異世界感溢れているが、時代が違えば日本ってこうなっているかもしれない、と思わせられてしまう。

設定もそうだが主人公含む登場人物たちのキャラが良い。そして主人公もその上司であっても、ばっさばっさと切られていく、作者がキャラに厳しい話でもあると思う。けれど、厳しいからこそ、現実とのあるあると重ねて感情移入してしまう。

特に初っ端から主人公が仕事の姿勢について活を入れられるシーンは、新社会人はみんな読んだ方が良い。新社会人、および新入社員が陥りがちなミスたちがわんさか入りつつ、主人公が成長していく姿と恋の行方にどきどき。

作者さんが元々ラノベ系の出版社からなので、ハードカバー本なのにとにかく読みやすい。

 

 

 

(8)食堂かたつむり 小川糸著 

私が読んだ本の中では、失ったものの多さ、大きさNo.1主人公が、この食堂かたつむりの主人公。彼氏はもちろん、貯金も、家財道具も、本当にきれいさっぱりすべてを失った所からスタートします。

心に傷も負うので、正真正銘0ではなくマイナスからのスタート。私、多分夫に同じことされたらさすがに立ち直れないかも、と思うくらい失い方がヤバい。

この娘のがんばりをみていると、自分もなんとかやれるかも、と思えます。はい。

美味しそうなごはんもたくさんでてくるので、ごはんの描写にもわくわく。

 

  

(9)赤毛のアン ルーシー・モード・モンゴメリ著 

女の子ががんばる代表作。何かにいつも否定的になってしまう人は、アンから物語の種を分けてもらうのがよいと思われます。アンは誰のどんな日常でもどこかのお姫様か王子様の日常のように変えてしまう、魔法使いみたいな子です。

そんなアンでも、アンの悩みがあって、失敗がある。どんなに明るい彼女でも落ち込むこともある。一緒に落ち込ませてもらうと、一緒に元気になれる、不思議な主人公。

実はすごく長い話なので、気合いを入れて一気読みする場合は連休を使うことをおすすめします(笑)年末年始暇な方にもおすすめ。

 

 

(10)ムーミン谷シリーズ トーベ・ヤンソン著 

満を持しての10冊目はコレ。ゆるふわ系哲学本といえばコレ。現代日本女子の心に必要なものはミーの言葉(笑)

作者のトーベ自身の生き方が北欧の幸せな生き方のルーツなように感じています。北欧系の幸せの法則の本を読むなら、むしろそこまで自己啓発に寄りたくないんだよな〜と悩める女子がいれば、ムーミンシリーズはおすすめ。

ゆるっとそれもいいんじゃない、というのりでそれぞれのキャラクターが新しい切り口の人生観を語ってくれる。

 

 

色々と読んだ中から私的10選。同じ作家で2冊紹介しない、という謎ルールを自分に課してみたら、その作者の作品でどれを10選にもっていくか、すごく悩んでしまった。

また時間ができたら違うテーマで10選やってみよう。

 

そういえば日記を書き始めるとき、何を囲うか悩んでいるとき、本の紹介をしようと思って、書き始めたら全然書けなくて、挫折したんだった。何事も続けていると書けてしまうものね。

これを機にカテゴリーもう一つつくってみようかな。

 

 

 

 

 

 

秋の風物詩、きのこのニュースをみると

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秋になると、毎年懲りもせず毒キノコにあたって病院に運ばれるニュースが流れる。

しかも山中だけでなく、都内の公園なんかからも事件は発生しているらしい。

 

秋だし、キノコ狩りに行ってみたい、と森ガールてきな、かもめ食堂てきなものを思い浮かべて、図鑑を片手に行く人もいるかもしれないけれど。

 

生粋の田舎育ちで、栗は大人になるまで買ったことがなく、拾いにいって栗ごはんをつくるくらい、山中に親しんだ私も、きのこで手を出せるのはなめこくらいだ。

なめこだって、本当の山中に生えているやつはおばけのように大きい(これが肉厚でおいしいんだけど)普通に売っているやつとは、似ても似つかないフォルムだ。

 

何が良いたいのかというと、

それくらい、きのこはハードルが高い。上級食物だ。ということだ。

 

わらびとかこごみとか、たらの芽とか。いわゆる山菜系は案外楽勝だ。覚えれば初心者でも採れる。だめな草系は分かりやすくドクドクしい色をしていることが多い。

 

けれどもきのこは、茶色いものに限ってかなり毒が強かったり、どくどくしいやつが食べれるというやつだったり。

見る方向が違うと、色が違って見えて食べられる茸と勘違いしたり。

きのこはその特徴的なフォルムが同じような形だからこそ、見分けるのがとても難しい。幼少の頃から地元の野山に入っている私でも、きのこを卸しているような、もしくはきのこに関して直感だけでなく、食べたときの対処方法まで熟知しているくらいのきのこ博士じいさんとかと一緒でない限り、きのこはなめこしか手を出さない。

 

自信を持ってこれは、といえるきのこがなめこしかできなかった私の能力は低い方かもしれないけど。

 

マグロを一本釣りに行きます、と行って、海に初心者だけで魚の本を見ながら行きます。という人はいないはずだ。

そもそも船がいるから、完璧な初心者だけにはならないんだけど。

 

山は初心者だけでも手軽に入れちゃうけど、図鑑だけで狩れる楽勝な獲物は基本的に山だってない。山奥に入るなら熊よけ、虫除けは必須。そしてきのこは確実に経験値も必要な狩りであることを、ニュースを見るたびに主張したい。

 

 

こうして友達は減っていくのか

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先日、iPhoneⅩが発表された。

顔認証とか、ホームボタンがないとか、未来感溢れていて楽しい気分になったのは記憶に新しい。

TwitterFacebookの自分のタイムラインも、発表の場所になったところが宇宙ステーションっぽいとか、新製品の機能に限らずそんなわくわくした投稿でいっぱいになっていた。

 

しかし、よくみていると、こんな意見もあった。

直感的に怖い

おもしろさも感じるけど、人間の何かを浸食されているようで怖い

 

そう、恐怖の感想だ。

途中で友達になった年配のお友達でしょ、とか女子高生のふりしたおじさんでしょ、とか思いたいのだが、発信していたのは学生の頃からのリアルでもしっている友人だ。

 

当時といえば、ガラケーからスマホに変わっていくところで、やっぱりスマホだよね、と卒業前にはきっちり全員スマホになっていた。あ、嘘。ガラケーwifiiPodというやつもいたかも。

 

別にどんな意見が出たって構わないし気にしない。会話が噛み合なくなれば、自然と距離ができるだろうし、そこを無理矢理付き合い続けなくたって良い、くらい、自分は人間関係にはドライな方だと思う。

 

けれども、自分が知っている中で、一緒に面白いことやろうぜって言って、これまでにない企画を立ち上げてみたり、お固い頭をした大人に一緒に立ち向かった友人だったはずだった。

 

若さ故の云々も色々あったし、今は大人側の気持ちも分かるけれども、

その友人は、

大人に対して、知らないことだから怖がっているんだよ。メーリスなんてぜんぜん危ないことないのに、って言ってた友人だった。

大人に対して、あーゆー頭固い大人になりたくないって言ってた友人だった。

大人に対して。

 

別に恐怖を感じる人はいても良いと思う。そういう人がいてこそ、新しい道具の使い方が精錬されていくと思うし。なんなら最近の某国と某国の言い争いをみていると、こんな小学生のけんかみたいなことしている人の手に核が委ねられているのか、と考えると、人間の精神の進歩は道具についてきていないんじゃないかとも思う。

 

でも。

 

あの頃、大人になっても年寄りになっても、新しいことを取り入れる人間になりたい、と共に語り合った友人が消えてしまったようで、なんだか寂しくなった。

 

 

 

ゴミ屋敷ドキュメンタリーは風刺だったのか

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何年前から何だろうか。ゴミ屋敷という言葉をテレビで聞くようになった。本当はもっと前からそんなことは言われていて、血液型のように何年かのサイクルにのっかってメディアで取り上げられただけだったかもしれないけれど。

ゴミ屋敷についてニュースで取り上げられるようになった次には、バラエティでゴミ屋敷を片付けるドキュメンタリー系の企画が出てくるようになった。

大体ゴミ屋敷の持ち主は高齢で、自分では片付けられないことが多かったせいもあるし、困っている老人を若い芸人が片付けて、おばあちゃんがんばってねーと、おばあちゃんのありがとう!っていう言葉が、何度涙を誘っただろうか。

番組が終わるとけろっとするのだけれども、見ている間は私も涙が出てきたりしたんだから、企画した人はやり手であることに違いない。

 

そしてゴミ屋敷の後くらいに出てきたように思うのは、汚部屋だ。

大体汚部屋の持ち主はギャルで、そして部屋を片付ける人も祖母を助けて涙を誘う芸人、というよりももう少しビジュアルがモデル風な人が登場するようになった。

見違えるほどきれいになった部屋をギャルとつくり、お茶の間のおばちゃんやちょっと片付けが苦手な人に対して、イケメン芸能人の株はきっと上がっていたと思う。

 

汚部屋とゴミ屋敷では、ちょっと性質も違うけれど、今思えば、あれほど消費社会を風刺した番組もなかったんじゃないかと思う。

 

特にゴミ屋敷の方は、消費社会の結果です、と言わんばかりな気がする。

 

ゴミ屋敷はテレビにあれだけ出ていたということは、現実世界にはもっともっと隠れてあるということだ。もしも実家に物に溢れた開かずの間がある、という人は、一度見ておいた方が絶対良い。

 

消費される、ということは使い切って、ゴミとして処分されていくところまでで消費、と言えると私は思っている。

消費、を辞書なんかで調べると、使ってなくすこと、とあるので、なくすまでが消費、という解釈はあながち間違ってはいないんだと思う。

 

ゴミ屋敷は、使ったけれどもなくなるところまではまだいっていない。だから、実は消費はされていない。

大量消費社会、と銘打って経済の発展はされてきたけれど、実は消費はされていなくて、各家庭に仕舞われていただけではないだろうか。

まさに、くさいものにふた。

 

汚部屋はまだ寿命がある者が住んでいるし、大体賃貸だから引っ越すときに否応なく処分することになる。

 

けれども、ゴミ屋敷はどうだろう。

空家問題と一緒に、ゴミ屋敷問題も大きな問題になっていきそうな気がしてならない。

 

と、実家に帰って少しずつ片付けをしながら思う。