まっすぐにいこう

けいぞくはちからなり。将来ひ孫に見せる私の日記

必要のなくなったものをメルカリに出していたら、必要なものが手に入るようになった

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春頃からメルカリを使って、必要のなくなったものをポチポチ出品している。

本なんかはブックオフとかに持っていくよりも高額で出品できたりするので、読み終えた本は基本的にすぐにメルカリに出してしまう。

(最近はもっぱら電子書籍になりつつあるけど、やっぱり紙の本もやめられない)

 

本以外にも、服とか出かけた先で買いすぎた雑貨のお土産とかを出品して、気がつけば結構な金額が貯まっていた。

 

出金するほどの金額にも見えなくて、そうだ、欲しいものをメルカリで買えば良いのか、と思い、購入を検討していたものたちを検索。

しまなみ街道に行ってから、坂の上の雲を読みたくなって、検索をしたら全巻セットで売られていたり、お金をかけずに欲しいものが手に入って、とても満足。

 

同時に、お店に行っても本当に欲しいものしか買わなくなった。

たまの例外を覗けば、素敵なものや気に入るもの、というのはメルカリ上でも大抵素早く買い取り手がつくし、高値で買い取られる。

 

自分が本当に気に入って買ったもの。衝動買いではなく、きちんと自分で欲しいと気に入ったものは手放すときにもそれが欲しい人が他にもいる状態になる。

 

例えば食器。今や100均でそろえられるし、別に否定はしないけれど、やっぱりいい焼き物なんかは重量感があって、質が違うことが持ってみると分かる。食器と食器が当たったときの音も違う。

気に入って使っていたけれど、もうおしまいにしようかな、と言って手放す時、100均のお皿を引き取ってくれる人はなかなか現れない。

よっぽどデザインが気に入った、とかでない限り、やっぱり人はいいものに惹かれる。それが写真であってもだ。

 

お皿ではなかったけれど、同じようなことが私のメルカリの出品目録に現れた。やっぱりいいものは売れるし、安っぽいものは、売れない。売れ残っている。

この大量消費社会、どこでも買えそうなもの、という眼鏡を通してみられるせいもあるのかもしれない。

 

私はだんだん、モノを買うときに、そう言った視点も増やすようにした。そう、これがいつか手放したくなったときにきちんと次の人のお役にも立てるのかどうか、という視点だ。

(他の誰かも同じように欲しがるだろうか、とは聞かない方が良い。そうすると自分の色が全くでない、自分の好みでない物ばかり買うことになる)

 

するとだんだん、本当に必要なものしか自分の身の回りに残らなくなったし、必要な物だけがきちんと手に入るようになった。

もちろんメルカリ内で手に入れた、という意味でもそうなのだけど、生活の中までもがそう変化したことによって、対物に対するストレスが減った気がする。

気分よく生活できているので、これからも続けていきたい。