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下着の色校則の案件で考えさせられた「考える力」の育ち方

 

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 『ブラック企業』というワードと一緒に、『ブラック校則』というワードも世間一般に馴染んできたんじゃないかな、と思う最近です。(ネットだけでなく、リアルの世界でもこの単語を聞くようになったので)

 

その中でも最近気になったのが下着の色は白」という校則について。

理由は、制服を着て透けないようにするため、が主たるところなようですが、実際下着店の実験によると、白は結構透けています。画像を見ていると、紺色とか真っ赤とかの方が透けていません。

ならその校則、別にいらないんじゃない? というか透けないが目的なら、違う色を指定しなきゃ駄目じゃない? と思うのと同時に、「当たり前を疑って、実際はどうなの?と調べる文化」が育ってきているのでは? と感じました。

 

ネットによって、疑問を持って実際に調べてみた人の情報が広まりやすくなっているのもあるかもしれませんが、『疑問を持って実際に調べてみた人』の存在を認知することによって、なんとなく生きていた人、そういう所に着眼点が向かなかった人が、「あ、そういう目の付け方もあるのかー」と学習できる下地がある状態、と表現できるのでしょうかね。

 

昔から、こういう人をあっと言わせるような発想をもって、発言が注目されるような人が学校に一人や二人、あるいは教室に一人はいたと思います。

(その発想のレベル、段階に差はあるとは思いますが)

そして、そういう子が考えた数学の解法の説明とか、ちょっとした討論の授業での発言なんかに新しい発見や学びを得ました。その一人の天才によって、ひっぱりあげられた、という人も多いと思います。

(ドンケツでもいい学校に行けば引っ張り上げられて、つられて成績も伸びるよ、はこういうことなんだと思う)

 

ですが、全員が運良くそういうクラスメートが存在したクラスに在籍していたわけではないと思います。天才のレベルも様々ですし。

私も天才にひっぱられて色々な思考を学んできた上に、より高いレベルの天才のそばにいると学びのレベルも変わる、という経験もしました。

そこで思うのが、ネットは天才の発想・着想・思考を、より多くの人に広めるという効果を発揮した点で、これまで物理的壁で遮断されていた学びの機会が、本当に一気に広まったんだな、ということです。

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ネットの効用で大きいこととして、今まで簡単に知ることができなかった情報を手に入れられるっていうことがよく言われますが、それよりも、これまで実際に会わないと体感できなかった一部天才たちの発想・着想・思考を吸収できる場ができた、というのもとても大きな効用なんじゃないか、と思いました。

 

上手いたとえがなかなか思いつかないのですが、「魚の図鑑を与えられただけでなく、釣り竿の手に入れ方ハウツー本も共有されるようになった」といった具合でしょうか。

 

文科省でも世間でも「自分で考える力」が注目されていて、実際最近の教育現場に行くと、自分たちの時代には考えられなかった考えさせられる授業が展開されている現場もあります。学校以外にも、企業のCSR活動の一環なんかで展開されている教育活動なんかはかなり面白いラインナップもあったり。

教材は豊富な世の中です。

けれど、それ以上にやっぱり、教材に対する個々の思考が見えやすくなった、という事実が大きいと思いますし、「考える力」はそこから伸びるんじゃないかな、と強く思ってしまうのは、個人的な体験も影響しているかもしれません。

 

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私は中学、高校時代、いわゆる小論文や討論が得意な方でした。

意外な角度から意見をぶつけたりして、その能力に関しては先生にも一目置いてもらえていたと思います。実際そういう代表にさせてもらえることも多かったです。

今冷静に振り返っても思うのは、自分のそういう能力は全てネットで培われたな、ということです。

特にブログや掲示板、中高生向けのチャットルームで。

私は超ど田舎、山奥に住んでいたので、同じ本の話ができる人、朝見たニュースについて意見交換できる人をネットに求めました。クラスにもそういう話ができる人がいなかったワケじゃなかったけれど、いかんせん人数が少ないので偏りがち。

しかもクラス(というか学年で)でインターネット環境が整っていたのは、私を含め、2人くらい。

ネットでは本当に多様な意見に溢れていて、色々な角度での見方、というのは確実に、その時ネット上にいた各地方、都市部の頭いい子たち、色んな大人の意見に触れる機会が自分より多い子たちによってひっぱりあげてもらいました。

(情報のソースを開示すること、ソースの探し方、何がソースと言えるのか、というのもここで学んだ)

おまけに同年代よりちょっと上のお兄さん、お姉さん(嘘ついてなければ。笑)たちの意見も聞けて、それも自分に取っては新しい発想で。

そういう中で、毎日のように「考えたこと」を交流(=学校用語でいうところの活用)していました。ネットをやっていなかった子よりも、圧倒的に多いPDCAサイクルを回していたと思います。

その中には、今回の「白い下着の校則」ではないけれど校則ネタも結構あって、そこから当たり前を疑う習慣、が身に付いたように思います。

 

教材は面白いものが揃っていて、アクセスも容易になった時代ですが、それに対して考えたことを交流することが一番「考える力」を伸ばしてくれるんじゃないかなあと思います。

そして、大人でも議論が稚拙な人、相手の主張を正しく受け取れずに暴走する人を、こういうニュースのコメント欄で見かけるたびに、持った方がいい知識量に上限がないように、「考える力」にも上限はなくて、いつまでも磨き続けることも大切だなあ、とも考えさせられます。