くろやんの日記

思考・映画・ごはん・旅・自転車・読書・ライフハックのメモ帳

物を入れる容量と心の容量の関係性

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小学生のときに、街中へ転校していった友達の家に遊びに行ったときに、物が少なくて驚いたことがある。

花瓶以外は何も置かれていないダイニングテーブル。チラシもおもちゃも落ちていないフローリング。まるでテレビに出てくるような家だなぁ、と感動したことをとてもよく覚えている。

そして、家に帰った後、すぐにおもちゃを片付けたことも。

以降、訪ねる街中に住んでいる友達の大抵の家はとてもきれいだった。物に溢れる様子はなく、物の量が適切だなあと感じるのだ。

 

自分の家はとても汚い訳ではない。家庭訪問前日ともなると、本当にきれいになる。母が片付け上手、掃除上手だった。

そして私も別に片付けない不真面目な娘というわけではなかった。むしろ片付けは気がつけばきちんと自分からやる。

先ほど話に出てきた友達の家から帰ってきた後も、別に対して散らかっていた訳ではないのだが、比べるとごちゃごちゃしている気がして、片付いていたおもちゃを丁寧に並べ直したりした。

ちなみに母はA型だけれども、私はB型である。

 

我が家で片付けが苦手なのは父だ。

本当に苦手そうで、いつも書類が溢れている。しかし、ごちゃごちゃに置いているようで、置いた場所を覚えているらしく、大事なものはすぐに出てくる。

一度、勝手に片付けて父を困らせてしまった。娘マジックで大して怒られずに済んだが、きっと母が手を出そうものなら阻止しているのだろう。

母は父のものを勝手に触ろうとはしない。

 

片付けが苦手なのは父だけではなかった。父の母も苦手なようだ。

いや、父のような苦手、という言葉で片付けるのは甘いかもしれない。父の母、つまり私の祖母は、片付けということが一切できなかったようだ。

祖母が亡くなってから、祖母の物を片付けようとなったとき、母は片付け会の星、こんまり先生も腰を抜かすと思われるくらいの量の物をみたらしい。見なかったことにしたかったそうだ。

 

田舎の家、ということで部屋が広く、かつ何部屋か存在していたことも災いした。祖母は既に亡くなっていた祖父の部屋にも物を浸食させていた。

彼女もまた、大事なものはきちんと自分でどこに置いたのか把握していたようで、大事なものはすぐにでてきたとのこと。似た者親子だ。

 

苦戦しつつ、片付けきった母は、我が家に現れた片付けの神様なのかもしれない。

母の遺伝子を全面的に受け取ったであろう弟は、小学生の頃からミニマリストとしての頭角を表していた。普通、前学年の教科書は復習用にとっておいたりするのに、前学年で使っていた教科書を捨てようとして母に止められたり、その他おもちゃも飽きるとすぐに、もう必要ない、と捨てることができていた。

 

弟の所有物はとても少ない。

私はやはり少し多い方だが、自分で片付けの本を読んで研究したり、最近はミニマリストさんのブログを読んだりして、だいぶ使わないものは捨てる人間になることができた。衣替えは高校卒業後はやったことがない。

 

こうして自分が片付けができるようになると、ますます祖母や父の心中はよくわからなくなる。片付けた方が気持ちがいいし、物が少ない方が脳を使う部分が少なくて済むので、違うことをたくさんかんがえることができる。

 

しかし、やっぱり自分が片付けられないとき、というのが存在する。

それは仕事が忙し過ぎて、心に余裕がないときだ。今は生活そのものを自分でコントロールできるようになったのでそんなこともないが、心に余裕がないときの家の荒れようたるや、父や祖母のことを簡単には責められない。

物を減らしているのですぐに片付くが、やっぱりそういう時は存在する。

そして思うのだ。父も祖母も、心の余裕がない状態がずっと続いてしまっていて、物が散乱している状態が日常化してしまったのではないかと。

 

父は母という片付けてくれる存在がいた。でも祖母には多分いなかった。

祖母の出自を詳しく聞くと、とても貧乏な家で生まれ育ったらしく、全く物に囲まれたことがなかった生活だったらしい。

しかし、祖父と結婚したとたん、祖父が買い物好きの小金持だったことで、人生に経験したことのない物の量と急に向き合うことになってしまったのだ。

宝くじと同じで、人は手にしたことのない物はコントロールすることができず、上手く使えずに身を滅ぼしてしまう。宝くじ当選者が大抵破産するように、祖母は物に溺れてしまったのだ。

 

そうかんがえると、最後まで物に溺れ続けてしまった祖母をかわいそうにも思う。多分元々頑固な部分もある人だったし、年齢も手伝って誰にも言えなかったのかもしれない。プライドも高かったと聞く。

でも、狭い場所で物に囲まれ続けた人なら分かると思うが、ずっと好きでもないたくさんの物にかこまれ続けることは、とてもストレスだ。

自分の大好きな、集めているフィギュア、とかだったら幸せかもしれない。でも大して大事に思っていないたくさんの物に囲まれることは、知らず知らずのうちに祖母にストレスを与え続けただろう。

 

やっぱり、物を持つにはそれに伴った精神性も必要なのだ。

心を伴わない成長は、後から必ず報いが来る。それがよしと捉えるか悪いと捉えるかは私達だけれども、気持ちよいものとなる場合は少ないのだろう。

 

これから、人口が減るということはそれだけ使われた物も大量に処分されるのかもしれない。物を大切に扱う、というのは、自分に必要な物を必要なだけ消費する力というのも含まれているんだろうな。

 

 

 

 

大人になって考える、町のねずみと田舎のねずみ

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夜は懐中電灯なしでは歩けない、そんな実家に帰ってきて、町のねずみと田舎のねずみという話について、思い出した。

イソップ物語・町のねずみと田舎のねずみ

 

読んだのは小学生くらいの頃だったと思う。

クラスで読んだ記憶があるから、何かの授業かもしくはちょっと空いた時間に先生が読んでくれたのかもしれない。

 

何もない田舎暮らしだから、全員の視点は当然のように田舎のねずみだった。

クラスには町に住んだことがあるような子はいなかったから、ただただ、都会ってなんだか怖い、と思った記憶がある。

実際物語も、田舎のネズミの視点が中心に、最後の締めくくりも田舎のネズミでおわる。

本当は、友達の中にやっぱりそれでも都会に住みたい、と考える子もいて、色々討論になりそうな物語なような気がするが、地元が本当に田舎過ぎたせいか、都会に行きたい、と力強く主張する子はいなかったと思う。クラスでどっちがいいか、という討論は起きなかった。

 

こんな話も忘れ、思春期になったころからは、都会に行きたい子もチラホラでてきたのかもしれない。

高校を卒業して大学進学を機にぽつぽつと都会に出る子がいて、就職をする頃にはもっと増えた。

もちろん一度も出ない子もいる。そういう子は大抵、都会に対して過大すぎるほどの恐怖を抱いている。

 

そんな私も、就職で都会に出た口で、夏休みになると決まって実家に帰省して、地元の友達に会うのである。

 

しかし、町のネズミと田舎のネズミを読んでいた当初は、やっぱり都会は怖いなと思っていた。何も疑うことなく、みんなと一緒に怖がっていた。

実際怖いなと思う部分もある。電車のラッシュも苦しいし、夜、大声を出す酔っぱらいにびびったこともある。いい人もたくさんいるけど、怖い人もたくさんいる。人はたくさんいるから、人を意識しないで暮らすってことができない。

都会なんて、近所付き合いないでしょ、と言われることはあるけど、田舎に暮らしていたときほど適当な格好で町を歩くことはできない。やっぱり、たくさんの人の目が気になってしまう。人を意識してしまうのだ。

 

でも、やっぱり普通に人が暮らしている場所であることも事実だ。お惣菜屋さんがたくさんあって、仕事で疲れて帰ってきても、買って帰ればすぐに食べられるし。

映画や劇、美術館等の娯楽も豊富で、テレビやネットを通さなくても本物の芸術を生で見ることができる。

外食する場所もたくさんあって、カレー好きな私は休日になると、調べたおいしいカレー屋さんを訪ねることもある。大体電車で行けるから便利だ。

都会は全部が怖いだけでなく、慣れれば楽しい部分が多い。

 

都会暮らしはそれなりに楽しいけれど、大人になった今、町のねずみと田舎のねずみを読み返して、私はやっぱり田舎のねずみだったのかと思う。

水や空気がきれいな方が気持ちがいいし、実は本当においしい素材は、採れたところで消費尽くされ、都会に回ってこないので、地元のちょっとした名物は地元でしかやっぱり食べられないのだ。私はたまにこの名物が恋しくなる。

 

でも、その良さはやっぱり町に出たから分かったのだ。

町のネズミも、田舎のネズミも、えらいなと思うのは実際にちゃんとそれぞれの場所に行ってみて、自分でしっかり実感してきて決断を出している。

 

この話は、君はどっちがいいか、の話をする物語じゃなくて、実際に行ってみて自分で決めろよってことで、幸せは人それぞれっていう物語だったようだ。

 

そんなところまで考えてすっきりしたんだけれども、一つだけ誰かに聞いてみたいことがある。

この話を読んだ都会の人は、幼いときどんなことを思ったんだろうかということ。

 

8月に思い出す友達が特別に思えてしまう理由

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友達の名前が思い出せなくて、困っている。

一緒に遊んだんだけど、名前なんていうんだったかな、って子をふと思い出すのは、なぜか8月だ。

 

大人になってから、夏休みの特別な空気が懐かしくてしょうがない。

大学生になった頃から薄くなって、大人になった今は、あの頃とはまた違った、少し爽やかさに苦みを加えたような空気になった。

切に戻りたいとか、やり直したい、という気持ちはないけれど、やっぱり小学生、中学生、高校生の頃のそれぞれの夏休みはなんだか特別だったように思う。

 

 

時間に限りがあったからかもしれない。

3年間という期間が決まっていて、留年が当たり前ではない世界では、1年1年の意味が深く、特別なものに感じていた。

大人になった今は、全ての環境がある意味コントロールできることに気がついた。

自分から手を上げない限り、文化祭実行委員にも体育祭の実行委員にも、ならない。果ては参加者になることさえない。

自分とよく相談して、自分の好きな範囲で自分の時間を使うことが、ある意味上手になるのかもしれない。

限りがあると、その中で自分のできる精一杯の力を出そうと思う。

明日一日眠ることになってしまっても、今日の一日がとても大切なものであれば、力を入れる価値があるのだ。

 

でも、それだけではないとも感じる。

それは五感全てが大人に成長してしまった今では、もう分からないくらい、感覚的な何かが決定的に違うのだ。

 

そういえば、昔、担任の先生に、空をよく見ておけと言われたことがある。

先生曰く、大人と子どもの目は違うということだった。

成長するにつれて、目に細かい傷がついてくるから、大人より子どもの方が世界を色鮮やかに見ることができるらしい。

だから、今見ることができる、素晴らしい景色をたくさん見ておけ。

そういわれた。

大人になると、なんとなく分かる。子どもの頃に見た景色はなんだかキラキラしていた。多分目の傷のせいだけじゃない。

でもまた、違う見え方ができるようになったので、大人は大人で楽しいんだけれどもね。

 

子どもの頃は、ずいぶんと季節や自然と自分が近しいものだったようだ。

時間という概念が体からすっぽりぬけている。

自然には時間、という言葉はあまりにも陳腐なような気がしてならない。

どっちかっていうと、巡る、という言葉を使いたい。

そもそも時間という考え方だって、人が後から作ったものだもの。

人の間でだって、時間の共通理解は全員でできている訳じゃない。

でなきゃ、西と東であんなに歩くスピードに差が出ないと思う。

 

時間を消費するのではなく、季節という大枠の、風とか雲とか、植物の巡りに身を委ねるという気分は、恋しいようで、ちょっと勇気もいる。

 

懐かしいとは思うけど、やっぱり戻りたい、とまでは思えない。

あの夏にできた友達の名前は、思い出すときに思い出せる。

それも巡り合わせ。

 

 

 

入道雲に感じる大きさは住んでいた場所で違う

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気がつけば今日は7月31日。7月も終わる。

明日から8月だ。

 

夏というと、私は一番に入道雲を思い浮かべる。

ぼんやりと入道雲を眺めているのは、私に取ってとても楽しい時間の一つだ。

 

入道雲は大きく見える場所と小さく見える場所がある。

地平線や水平線が見える場所、ビルなんて一つもない田舎では、入道雲はとても大きくて、雄大で、いつまでも眺めていられる。

 

しかし、ビルの間からのぞく入道雲にはさっぱり勢いが感じられないのだ。

ビルが入道雲を食ってしまっているのだろう。

 

そんな入道雲ばかり見ていると、広い場所で見たくなる。

今年は久しぶりに、広い場所での入道雲を見ることができた。

やっぱり入道雲は、広い空の中でみるに限る。

 

 

夏になると、こうして入道雲のことばかり考えている。

 入道雲を見ている時間はいつまでも飽きない。

そこだけ時間がないようだ。

 

明日も入道雲が見れると良いなあ。

 

 

日曜日の小説

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日記ってなんだろう。

 

日記を書きながら書く言葉ではない、ことは分かっているけれど、日記の説明ができない。記事が50を超えるまで、私は日記が何たるか知らないまま日記を書いていたのか。

 

しかし今は便利なものである。日記、と検索ワードに打ち込むだけで、某百科事典サイトが引っかかり、丁寧な説明がされているのだから。

 

仕事であれ、私的な所用であれ、戦争への従軍であれ、特別な出来事の内容、見聞、心覚えを記したものとして日記は書かれた。

 

引用したので色を変えた。ここは引用部分だ。私の言葉じゃない。

明言しておかないと、パクツイ、ならぬパク日記になってしまうので、記録しておく。

 

心覚えを記す。やはり日記はメモ、なのか。メモより少し文学的なのかもしれない。

日々の記録を文学的に。ちょっと挑戦してみよう。

 

******

朝、目覚めると砂時計の音が聞こえた。

しかしそれは砂時計ではなかった。

 

雨が降っていた。

木の葉と木の葉が雨とこすれる音だった。

 

ふとスマートフォンの時計を確認すると8時30分。寝坊だ。

休みの日でも、いつも8時には起きるのに。

 

洗顔その他の朝のルーティンの後、朝食をとる。

今朝はホットサンドだ。

キュウリは斜めに切って、ごま油と塩こしょうで炒めて冷ます。

その間にパンにはバターを塗り、半分に切ってトースターへ。

パンとキュウリの香ばしい香りを嗅ぎながら、ハムを切る。

休日のご褒美として少し厚めに。

 

トースターのチン、という音が響いて、お皿を用意。

キュウリとハムをバターを塗った側にのせて、バターを塗った側で挟む。

 

手早いけれど、香ばしい香りで朝の食欲をそそる。

 

 

 

あーここまでで疲れちゃった。続きはまた明日。

 

金の貸し借り不和の基

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www.asahi.com

 

試験が免除されるだけでなく手当もださなきゃいけないよねーと思う。

 

だって、英語ができる人なんて他にいいお給料をもらえる仕事がたくさんまっているんだから。

 

 

木に竹を接ぐ

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気がつくと日記が50を超えていた。

目標は毎日つづけること。1行でもいいから、で始まって、3日坊主におびえていたのが嘘のようだ。

目標は1年、なのでまだまだ道のりは長いのだが、目標を決めて、こつこつできると嬉しい。

 

今日はこんな記事を見つけた。

bunshun.jp

 

すごくざっくり話すと、

これまで私達人類って、便利な生活を求めて色々なものを発明して文明を発展させてきたよね。

何百年も前の人が思い描いた未来は結構実現されたこと多いよね。

でも、この先を具体的に夢見ることって、私達してないよね

将来、人間が在るべき姿を考え始めることこそ、そろそろ私達やらなきゃ行けないんじゃない?

 

という話だった。

ロボットが仕事を奪う、と言われているけど、裏を返せばロボットが仕事をやってくれるので、仕事をしなくてもよくなってくる。

=お給料が手に入らない、というのではなく、働かなくてもある一定の文化水準で暮らしていくことができるようになる、とも捉えられるかな。

 

実際、今工夫をすれば、生きていくのに大してお金が必要なくなってきている。

田舎に行けば、衣食住は大抵格安で確保できるし、人間関係さえ頑張れば、周囲から差し入れもらえるし。

生きていくのに一番高いのは住民税かも。

旅行やエンターテイメントだって。

映画はレンタルで格安で楽しめるし、Amazonプライムに入れば、無料で観られるものもたくさんある。

旅行だって格安空港の登場やシェアリングエコノミーによって、価格をかなり抑えていくこともできる。

配車サービスもこれからどんどんでてくるんだろう。

 

そんなに稼いでいる人種じゃなくても、結構豊かに生活できるサービスは整ってきたと思う。

それこそ自動運転とドローンによる配送が完成したら、もっともっとお金は必要じゃなくなってくるかもしれない。

 

じゃあ次はどんな世界を夢見るのだろうか。

 

たしかに、考えてみると、ずっと先の未来を描いた小説や漫画は、大抵地球は破滅寸前になっていたり、核爆弾のボタン一つで吹き飛びます、みたいな危ない、夢も希望もない世界として描かれていて、私達に警鐘を鳴らしている。

ドラえもんくらいじゃないだろうか。有名どころで割と平和そうなの。

 

この問題は、自分がどんな風に生きていきたいか、普通の再定義、だと思う。

 

よく、普通の人生がいい、と言う人がいるけど、普通は進化しているから、そろそろ普通をもう一度考えなきゃいけない。

 

 

水心あれば魚心

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最近、ゆとりですが何か、をはじめ、ゆとり世代が社会に出てきてそのトンデモ行動がネット上で流れている。

 

すぐ休む、とか。

すぐやめる、とか。

我慢できないとか、とか。

 

私はいわゆるゆとり世代だ。

事実、そういうどうしようもないやつって確かにいる。

そういうやつは、大抵学生のときから、なんだこいつって仲間内でも思われている。

 

でも、こういう人って、ゆとりゆとりって言ってる世代には本当に存在しなかったのだろうか。本気で相手がゆとりだと思っていっているのだろうか。

 

でも、人口の問題で、100万人の中から上位100人下位100人、ってやるのと、50万人の中から上位100人下位100人って抽出するのでは、たぶん質も違う。

 

企業に採用される人の中に、これまで、すぐなんちゃらってやつが混ざってなかっただけで、実際はそうじゃないところに、どの世代においても一定の割合で、すぐ休むキャラはいたんじゃないだろうか。

 

ゆとりの反対ではないが、最近老害という言葉もネット上で飛び交っている。

上の世代にも、なんじゃこいつってやつは一定数いるんだろう。尊敬できる上司だっているのに、やっぱりなんじゃこいつってやついる。

 

 

もう一つ、おもしろいと思うことがある。

ゆとりゆとりって言っているやつに限って、正しいゆとりの期間を知らないのだ。

意外とゆとりって期間が長い。今中堅でがんばる世代あたりは、カリキュラム上はゆとり教育のはじまりに重なっている。

お前もゆとりだよって言葉を返したくなる。

 

だから思う。

ゆとりゆとり、と言いたいやつは、相手が本当にゆとりだからできない、と思って言っているのではなく、自分自身が上に立ちたいという無意識に近い意識の中での発言なのではないかと。

 

そう思うと、ゆとりってあれに似てるなって思った。

風評被害というか、人の噂もなんとやら、の話に。

規模が大きいから90日どころではないと思うけれど、いつか消えていくことではあるんだろうな、と思ったり。

 

火を以て火を救う

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火事が起きたときに、必ずしも水が有効とは限らない。

 

機会があって、初めて女性専用車両に乗った。

どうしても朝の混み合う時間に、キャリーバックを持って乗らねばならず、通常の車両には乗れそうもないと思い、女性専用車両がある列に並んだ。

 

列の後ろに並んだので、電車が着たときに順序よく乗っていたらいっぱいになったので、私は次の電車に乗ることにして、後ろの女性何人かに順番を譲って、先頭に並びなおした。

 

次の電車がほどなくしてきて、私は電車に乗ると、いつもと違う景色が見えた。

朝なので混んでいることには変わりはない。でも、車両から青空が見えるのだ。

男性と同じ車両に乗ると、人で埋め尽くされて窓の景色なんて一切見えないが、女性しか乗っていないと、窓がよく見えた。

平均身長の問題だった。

 

女性ばかりの車内だと、平均身長より少しだけしか高くないはずの私でも、みんなより頭一つ抜きん出ているような感覚になれた。

 

女性専用車両ができた経緯は様々あったと思う。

女性ばかり優遇されて、と考える人もたくさんいたと思う。

 

昔は、確かに女性にだって失礼な人やなんだこいつ、と思う人もいるのに、どうして女性だけ専用車両ができたのだろうか、と思っていた。

しかも通学する小学生の男子や、障害を持っている方とその補助の方も一緒に乗れるのであれば、ネーミングは他にあったのではないだろうか、とも思っていた。

特に障害を持っている人の中には、ぱっとみただけでは判別ができない方もいる。

最近、間違えて女性専用車両に飛び乗ってしまった人、の対応についても、その女性ありえん!と思った。

 

女性の品格だって怪しい。

 

でも、実際に乗ってみると、女性専用車両が稼働している時間に女性専用車両に乗るのは、働く女性たちだ。

いわゆるいいとこ、で働くがんばる女性たちもたくさんいる。

凜として、まっすぐと立っている女性が多かった。

さらに車両に乗った後も、荷物をもった私をみて、少し避けてくれたり、乗り込むときにもお互いに気遣い合う様子もみられた。

 

平日の日中は、やっぱりマナーの悪いおばちゃんなんかがいたりする。

だから、女性の方が、という論はしない。

男女ともに、男でも女でもない人にも、マナーが悪い人はいる。これは性差ではなく個人の問題だ。

 

でも、女性の場合、朝の時間に乗るのは、ある意味選ばれし人達なのかもしれない。

男女雇用が平等になったとはいえ、管理職の数は少ないし、女性はパート的に電車で乗ってどこかに勤めるような人は男性より少ない。

だからこそ、なんとなく気品というか凛とした雰囲気を感じたのかもしれない。

 

乗ってみたからこそ、思った。

この時間帯の、がんばる女性たちが、一部の不真面目な男性に朝から邪魔されるようなことは、確かに許されない。

 

でもやっぱり、女性専用車両って名前だけは違う名前の方がいいかも、とも思うんだけど。あと10年たったら人口も減ってきて、変わるのかしら。

 

世の中って難しい。