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子育ての永遠の問い「子供の習い事問題」について考えた

 

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関西や北海道の災害のニュースでテレビはいっぱいですが、全米オープンでは大阪なおみ選手や、錦織圭選手が大活躍中。

大阪なおみ選手は日本人女子として初の決勝進出を成し遂げました。

災害がなかったら国内のトップニュースになっているかもしれませんね。

www3.nhk.or.jp

 

テニスのニュースをテレビで見ていた時、大阪なおみ選手のお父さんがインタビューで大阪選手がテニスを始めたきっかけについて答えていたのですが、その答えは子育て永遠の問いの一つでもある「子供の習い事問題」に対する一つの解なのでは? と感じました。

 

大阪選手のお父さんの言葉がこちら

「テニスは一人でやるスポーツだから、失敗しても責任は自分にある。だから娘にはテニスをやらせたかったんだ」

原文分からずですが、翻訳はこんな感じでした。

お父さんの意図として、

“何か失敗をしたときに、誰かのせいにするのではなく自分ごととして考える癖をきちんとつけさせたい”

という想いがあったということは十分伝わってきます。

 

このお父さんの言葉から、私は

“なぜ、習い事をするのか、させたいのか、という理由は明確でなければいけない”

ことの重要性を受け取りました。

 

 

子育てにおける、「子供の習い事問題」はいろんな方向性に飛んでいて、議論するのも難しい問題の一つだなあ、と思っています。

その中で最も盛り上がるし、賛否両論分かれるのが、

「親が子供の為を思って勧めるべきか、子供のやる気、やりたいと思ったことを一番に考えるべきか」

という、子供のもともとの主体性をどこまで重視するか、という部分かなと思います。

 

最近は、基本的に子供の主体性が重視され「好きこそものの上手なれ」(嫌々やるようではあまり伸びない)という考え方がマジョリティのようにも感じますが、一方で、最初は嫌でも(嫌なときがあっても)、音楽など一定の分野については早めに始めないと手遅れなことも多い、という意見もあります。

(そして音楽に関しては、耳の発達問題の関係から、プロを目指すのであれば幼児教育が超絶大事な分野なんじゃないかな、と私は思います)

 

 

基本的に習い事は、習う分野について専門的な技術を身につける、というところが主たる目的になることが多いと思うのですが、それを通して身につけたいこと、についても目を向けることによって、親と子供の、習い事させたいvs習い事嫌い、の反発し合う想いが中和されるんじゃないかな、と思いました。

 

 

例えば、これは私の経験なのですが、私の家は基本的に子供の自主性に任せる方針の家でした。習い事も、子供がやりたいと言ったらやる。が基本。

ですが、一つだけ強制的に習わされたものがあります。「水泳」です。

片道車で1時間のスイミングスクール(スクールの巡回バスがあったのでそれに乗って)に小学校1年生から小学校6年生まで通いました。

最初は水でぱしゃぱしゃするのが面白かった部分もあるのですが、級が上がると練習がきつくなってきます。スクールは遠いし、学校で遊べる時間も減るし、辞めたい……と思ったこともたくさんあるのですが、

「泳げれば、いざという時助かるから」

という両親の言葉に納得して、いざというとき自分が助かるため、と思って6年生まで続けることができました。

両親は二人とも25mがやっと泳げるかどうか、くらいの人。

(ま、年も取ってましたし、ぶっちゃけほぼ泳げないに分類されるでしょう)

子供は泳ぎで苦労させたくない、という気持ちも伝わってきましたし、何より「いざという時助かるため」という言葉が響きました。

(家族で映画のタイタニックを観た後も、どんな場所でもとりあえず泳げない人より泳げる人の方が生存確立は高いのよ、と言われてました(笑))

(もちろん俺は一生海に行かない、とか川で泳がない、と思えるくらい通いたくなかったら、そのように抵抗したと思いますが……笑 海で遊ぶのも川で遊ぶのも好きだったので、抵抗はしませんでした)

 

大阪なおみ選手のお父さんのように、責任を自分で考えられるように、というなんかちょっとカッコいい理由ではありませんでしたが、子供なりにすごく納得して習い事に取り組めました。

 

このように、「なんのために」を明確にしておくと、お互いの合意も取りやすいですし、習い事で大事な要素(だと私は思っている)である、「いつ辞めるか」という部分についても考えることができるのもメリットかな、と思います。

人間、終わりが見えていないのに頑張れるのは本当に好きなことだけ。

好きじゃないけれど、親としてやらせたい、これができた方が将来助かるだろうな、と思うことを子供に勧めるときには、きちんと終わりを明確にしておくことも大事だし、それを助けるのが、

“なぜ、習い事をするのか、させたいのか、という理由を明確にすること”

なのかな、と思います。

 

 

これって会社のプロジェクトなんかでもおんなじですよね。

どうしてこのプロジェクトをしなければいけないのか、なぜ必要なのか。

会社の大事な資金を使うからこそ、すごく考えて考えて、その末にゴーサインが出て。(ま、そういうのをしないヤバい会社や公的機関も山ほどありますが)

 

子供の習い事も同じようなもんなんだと思います。

会社と違うのは、その理由の一つに「子供がどうしてもやりたいと思った」という気持ちと感情面を考慮できる余地があることでしょうかね。

 

 

お金の問題でやらせたくてもやらせられないこともあるでしょうし、これだけはやっといた方がいいのに……と思っても、習い事というだけで超絶拒否する子供もいます。

 

そのときに、当事者(子供)と親が

“なぜ、習い事をするのか、させたいのか、という理由を明確にすること”

を意識することは、

お互いに円満解決するためのヒントになるのではないかと思います。