まっすぐにいこう

思考・映画・ごはん・旅・自転車・読書・ライフハックのメモ帳ーPersistence makes me.

自分の"好き"と向き合うお盆という季節について

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今年のお盆は特別実家に帰ったり、同窓会に行ったり、というイベントはなかったのですが、たまにそういうイベントに参加したりするたびに自分自身は何が"好き"なのか、ということについてとてもよく考えさせられます。

 

私立の学校に通っていた人はまた様子が違うと思いますが、義務教育期間を一般的な地域で、公教育を受けるとその進路の多様なこと。

特に私は超絶田舎出身なので、当時周囲が考えていたことや習慣等はうっかりすると都会の親世代(ちょっと田舎から出てきた系の親)と通じることがあったり。

田舎の時の流れは今も変わらないようで、普段都心で生活している訳ですが、同窓会に出るとなんだかタイムスリップをした気分になります。

都会では私立も含め大学に行くのが当たり前なようですが、私はゆとり世代なのにうっかりすると高校も行けるのは当たり前ではない地域で育ちました。

(行かない子もいたり、行くにしても1年間アルバイトして自分でお金を貯めてから夜間に通う子もいた)

大学進学した子は完全に少数派の世界でした。

 

大学に行くことが普通であった子たちと一緒にいると、ついつい忘れがちになるし、「大学に行くような子たちが考える幸せ」という1つの尺だけに当てはめて考えがちになります。

その尺でいいのか、悩んでいるときなんかにたまに戻ってくると、「ああ、幸せって別にそれだけじゃないよね」を再確認する場になってたりします。

暮らしを楽しむこと

広い空間

美味しい空気があること

取れ立ての素材を食べる幸せ

綺麗な夕焼けをみて、きれいだなと思えること

 

今、人間の生きる場所って、人間自身が作った人間社会と、半分片足を自然に突っ込んだような場所と、色々あると思うんですが、この2つって結構乖離しているんだなあ、とたまに帰った時に思います。

 

どっちがいい、とかでなくて、自分がどっちの何が"好き"なのか、ということについて、よく考えて、自分が納得する生き方を積み重ねていきたいな、と強く思います。