くろやんの日記

思考・映画・ごはん・旅・自転車・読書・ライフハックのメモ帳

『バクマン』という漫画が教えてくれた、田舎の強み

最近ジャンプのバクマンという漫画を読み直ししています。主人公達がジャンプ連載という目標を掲げ、漫画家を目指す漫画です。

作品を生み出していく場面なんかは、バトル漫画に負けない勢いのある描写があって、なんだか燃えます。スポーツじゃないのに。

 

アニメ化もされて、無駄に漫画内で登場したアニメの歌なんかが豪華で、NHKってやっぱりコネとか権力とか金とか持ってるんだな、と思わされました(笑)

 

 

さて、以前こんな日記を書いた事がありました。

kuro-yan.hatenablog.com

そう、私は超・ど田舎出身者。ぶっちゃけ中高生時代とか遊ぶ場所がないので、みんな割と部活か勉強か、どちらかに集中しているような環境でした。

 

バクマン』の新妻エイジも、青森の超田舎出身で、天才的に面白い漫画を生み出す奇才として描かれているのですが、彼はこんなことを言っています。

 

「僕の家、青森のかなり田舎で同級生の家まで30分以上あったり

皆はゲームとかで遊んでたけどゲーム売ってる所も遠かったし

お金もなかったし マンガばっかり描いてたです。

そうしてるのが一番楽しかったですけど」

 

 

 そう言われれば、超田舎は何かに惑わされることがないから、自分がやりたいと思った事にとことん打ち込めた環境でもありました。

部活か勉強か、とは書きましたが、他の遊びが遠かったので自分が好きな事を見つければそれに没頭するのが簡単でもありました。

 

中学生の頃にはインターネットにかなりはまって、色んな人と色んな議論チャットでする事にハマりました。ブログも書いていて、田舎では出会えない、同世代の色んな意見が聞ける事がとても楽しかったです。

学校では勉強そこそこ、部活は部長兼キャプテンのバリバリの体育会系でしたが、体育会系あるあるの、寄り道でご飯食べてだべる、の寄り道する場所がなかったのが幸いして、家に直帰してネットとホームページ作ったりとか、動画を作ったりとか、写真の加工をしたりとか、そんなことばっかりしてました。

 

 

また、『バクマン』を改めて読み直して、都会の人の田舎出身者に対する目線、というのも改めて知る事ができたかな、と思いました。

新妻エイジは超天才として描かれ、広島から単身上京した福田さんは努力の人。覚悟と根性が座っていて、主人公達に一目置かれています。

 

ある意味、田舎から上京する、というのはそれだけでパワーがいること。ある意味、田舎から出てきた人ってそれだけで田舎におけるふるいに一度かけられて這い上がった経験がある人ってことになるんでしょうね。

 

 

東大出身の友人が言っていたのですが、東大生には大きく2パターンいるとのこと。1つは努力の人。ある程度の努力を持ってして東大に入ってきた人。もう一つは超天才型の人。一切勉強せずに入学してきたような人。

そして超天才型は田舎(地方)出身者が多い、との事。地方だと、まだまだ大学全入って考え方がないし、東京に出るとしたら給付型の奨学金がとれた、みたいな子だけだったりするから、本当に数年に一度の奇才しか東大に行かない、みたいになったりするからかな。とも思いました。

つまり、『バクマン』でいう新妻エイジみたいなやつしか大学いかないって思ってる部分があるということです。

(あとは福田のように目標に対する熱量が高い人)

 

 

というわけで、田舎に生まれ育ち、どうして自分はこんなところで生まれ育ってしまったんだろう、と思っていた自分が過去にいた訳ですが、なんていうことでもない。人生の始めの方に、そういうふるいにかけてもらっていた、ということなんでしょうね。

もちろん何がよかったとかは結局後づけになるのかもしれないですが、現実を突きつけられたり、何か困難にぶつかるのは、早ければ早い程、自分のことをよく知れるし、自分が何になりたいか、色々挑戦して失敗する時間も山ほどできます。

そうした失敗を早めにできたという意味では、田舎も悪くなかったなあ、と思います。

 

というわけで中学、高校の自分に会えたら、田舎でよかったんだよって言ってやりたいです。