私は読書が好きです。
どれくらい好きかというと、小学生の時、毎年学年、学校の読書賞(たくさん読んだ、借りた)はとりあえずもらっていたし、それは中学校、そして高校生になるまで続きました。
図書館も本屋さんも好きで、自分が住んでいる場所には本屋さんがなかったせいか、高校生以後の人生では、引っ越した後、まず一番近所の図書館で図書カードを作るのと、周辺の本屋さん探索をすることは欠かさず行っています。
なぜ好きなのか。
情報が閉鎖された超・ど田舎社会の中で、私の冒険心を満たす為に必要だった栄養剤的ポジションだったんじゃないかと、思います。
その後、旅が自由にできるようになってからは、本を読む事よりも実際の体験や経験の方を重視するようになったので。
さて、そんな本好きな私は、まだ彼氏ができたことがない純情乙女時代、付き合うなら本が好きな人がいいな、とぼんやり思っていました。
そう、学生時代といえば、ハキハキ喋る子、体育会系の子は大抵あまり本を読んでいません。
私としては、同じ体育会系同士、ランニングしたりできるのは楽しいのですが、やっぱり普段の会話が合わないと辛いだろう、そう思って、本を読まない人よりは、ちょっとずつでもいいから読む人がいいな、と思っていました。
が、ふたを開けてみて、夫(この時点ではまだ彼氏)に、私、本を読むのが好き、と言ったところ、
「俺、本、あんまり好きじゃないんだよね」
とのお返事。
正直この時点で、かなり夫の事が大好きだったし、色々な意味で衝撃を受けました。
というのも、かなり色んな事に関して知識が広く、深い彼は一体、何から学んだんだ、という謎と、そこそこ勉強ができる人って本が好きなイメージがあったので、それを初めて裏切られたからです。
しかしよくよく話を聞いてみると、
「本自体っていうか、本をたくさん読んでる人種が苦手なのかも」
とのこと。
ここまで言われても、私の中では?マーク。
そのときの会話は、本好きな私としては引き下がれず、なんやかんやとありましたが、
「本を読む事は大事だと思うけれど、それ以上に実際の経験も大事」
という夫の言葉で、それは私もそう思う、で一致し、会話は終了しました。
それでもやっぱり
『本をたくさん読んでいる人って基本的にいい人、視野が広い人』
だと思っていた私でしたが、先日、
ああ、夫はこういう人のことを指して、本をたくさん読んでる人種が苦手って思ったのかな、っていう人と出会いました。
▼本の世界を全てだと思っている
これを読んでないとか、ありえない。とまではいかないけれど、そういう雰囲気だしてきたり、とにかく本が中心でした。
これはあれに似てました。◯◯が好きって言って、どれくらい好きなんだよ?と試してくる系のオタク。試してきて、ちょっと分からない事があろうものなら、その程度で好きを名乗るな、的な圧をかけてくるタイプの人。
もちろん本が世界の全てでもいいと思うのですが、数人が集まって会話をする場で、それって相手の事を考えてる?傷つけてない?と冷や冷やしてしまいました。
▼TPOについて考えられるかどうか
超・田舎では、そもそも本を読んでいるのが勉強好きな人しかおらず、それもちびまるこちゃんのまるお君タイプ、というよりも、長山くんタイプ(知っている事をみんなに惜しみなく教えてくれる。しかも嫌味じゃない)が多かったし、その後、大学で出会った読書マニアキャラの子達も、着物着てたり、古本屋に毎日通ってたり、かなり突き抜けていたけれど、「本が好きで読書するけれど、僕は本しか知らないから」と言って、相手の話を聞きながら、「それってこういう本があって、こういう話なんだけど似てる?」とか、さり気なく、でも聞き手にも発見や面白みがあるようなことを話してくれるタイプでした。
先日出会った、試してくる系のオタクの方と、大学で出会った読書マニアキャラの友達。風貌もキャラも非常に良く似ているのですが、決定的な違いは、「相手への気遣い」だったように思います。
会話している相手が楽しんでくれているかな、っていう視点。
一人でネットに書き込んでいる分には何をどう、弾丸トークしようが自由かなと思うのですが、人と人の会話、はキャッチボールがあってこそ。
それって掲示板にその文章貼付けてみてもらうだけでもいいんじゃない?という口調だと、せっかくリアルに会って話す時間を作った労力がもったいない、と思ってしまいました。
別に言葉遣いとか、話すのが下手、とかそういうのは私的には割とどうでもいい(だって極論自分が外国人と英語でそれやれって言われたら、絶対たどたどしくなるし)のですが、その場がどんな場か、自分ばかりが楽しんで相手がつまらない場になっていないか(一方的にお金を払ってそういう場を提供してもらっているホストとかキャバクラとかなら別ですが)、という視点をもつことこそ、TPOについて考える、ということなのでは、と思います。
▼そして経験を軽視してくる
たまたま本好きな人が集まる会に行ったのですが、少ない参加人数の割には、そういうタイプの人がちらほらいたため、なるほど、夫が言っていた、苦手、というのはこういうことか、と思い、確かに、本が好き、という集まり以外では見かけた事のないタイプの人達だなあ、と感じました。
それはそれで、今日彼ら、彼女達はどんな有意義な時間にしようと私には関係ないので、基本的に聴き専で彼らの話は聞いていたのですが、その後のフリートーク中に、びっくり発言がいくつか。
普段あまり本は読まないけれど、色々な場所に旅をしていた女の子が、その経験談を話したときに、一方は、それはたまたまだったんじゃない、とか、一方は、普通こうだよね、とか。自分が本で得た知識のごり押し。
それって外国に友達が一人もいないせいで、国内に卸された本だけを読んで、外国人たちはトンデモないやつらだ、と思い込むのと同じような事ではないか!と唖然としてしまいました。
スターウォーズを始め、戦争物で大抵描かれている、戦争の始まり、にそっくりだな、と思いました。
(大抵の戦争物の、戦争の火種は、伝聞のちょっとした受け取り間違え、伝聞の順番ミス、陰謀を企んだやつが伝聞を隠す、とかそういうところからはじまる)
帰宅後、あった出来事を話すと、
そうそう、俺の周りの読書好きって大抵そんなやつばっかりで、苦手だったんだよ。
と。
なるほどね、と納得。
いかんせん出会ってきた人間の数の母数が違うので、こういう人はこんな感じ、という私の第一印象はやっぱり当てにならないな、とも思ったし、夫は夫で、私みたいな読書好きタイプとも出会った訳で、
やっぱり人間、こういう人は大抵こう!という決めつけをせず、その人自身がどういう人間か、というところをしっかり観察できる人になりたいな、と思いました。