気がつけば昨年の6月から書き始めた日記も、既に10ヶ月程続いています。
「絶対毎日更新するぜ」
みたいな気概は特にないのですが、「日記」という目的があるため、1行でもいいから毎日書く、という事は怠らないようにしています。
書き始めた当初は、いつ飽きて、書く事を辞めてしまうのだろうか、という自分自身の怠惰という恐怖と戦っていたのですが、今ではすっかり習慣になったようにも思います。
どうして自分がこうして、特段お金を生み出す訳でもないし、誰かのためになるようなことを書いて感謝される訳でもない日記ブログを続ける事ができているのか、理由を考えてみました。
▼誰かのためだと続けられる可能性が上がる
私はこの日記を、将来の自分の「ひ孫」に宛てて書いています。将来ひ孫が、私と同じ年齢くらいになったとき、もしくはそれより前にこの日記を見つけて、読んだときに少しでもよりよい人生が生きる事ができるよう、非常に身近な人生の1例として、また、年寄りの知恵的な存在になれれば、という思いで書いています。
書く事全てはそうかもしれませんが、「誰かのために」という目的が付与されるだけで、書きたい事に困る事はそうそうありません。
目的を達成する為に、あれもこれも、詰め込むだけ詰め込みたくなるし、そもそも達成したら辞めたって言い訳ですし。
それが自分のためになっていることはもちろん、誰か自分の身近な人だったり、大切な人のためだと続けられる場合が多いように思います。
例えば愛煙家の男の人でも、結婚して子どもが生まれたりするとたばこを辞めて、その後も吸わなくなったり、とか。
私にとって、英会話にしろ運動にしろ、仲の良い友達ともっとたくさんおしゃべりするため、とか。夫と楽しく健康的に暮らすため、とか。とにかく身近な人の顔が浮かぶ目的があることによって、続いているように思います。
▼目的が分からなければ、一度止めるor目的をしっかり考え直す
習慣化しようとしたのにできない…という壁に当たった時、目的さえよく分からなくなっていたら、それは一度止めた方がいいことだと考えています。
人にとっては大切な行動であっても、自分にとっては必要のない事だった、というのはよくあること。人それぞれ違う人間なので、必要な物や、必要なこと、必要な習慣も違います。
作り置き、買い物、洋服の制服化。。などなど。
ファッションのお仕事をしている人は、洋服の制服化なんてしたら仕事にならない事だってあるでしょうし、それが人生を豊かにしている、と思えている人は、制服化なんてしないほうが幸せです。
作り置きだってそう。いつでも新鮮で作り立てを食べる事が生き甲斐であれば、そうしたほうがいいし、ストレスもたまらない。
絶対これが良い、というライフハックはなくて、こういうことにお困りだったらこういうハウツーがあるんだよ、くらいの気持ちで受け取る事が重要だと思います。
ブログだってそう。目的がよく分からなくなったら一度ストップ。でないと本来楽しく書くべきものが辛くなってしまう。
▼継続したい事、にアクセスしやすい環境を作る
手をつけるまでに手間が多い事は習慣にしにくいです。
私は日記の為に、はてなのアプリをダウンロードし、出先でも下書きに書き溜める事ができるようにしています。これでスマホ一つあれば更新ができる訳ですね。
他、メモ帳にもよくひ孫に伝えたくなった事はメモをして残しています。
英会話については朝の頭が動くうちにやる、と決めて、そこはもう固定です。また、予習を怠らないように、予習の後すぐにオンライン英会話のサイトにアクセスするような流れを作っています。
また、運動も午前中にやってしまいます。
習慣化したいことは大抵サボりたくなってしまうもの。一番やる気にみなぎっているのは基本的に朝なので、習慣化したい事は私の場合、午前中にもってきてしまいます。
そういった自己分析も大事な要素の一つ
昨年に引き続き、テーマを『継続』と掲げているのですが、続いている事もあれば、続かなかった事もあります。
今年は切り絵は続きませんでしたね。大してやりたいことでもなかったのかもしれません。また、雨が降って外に出られない、みたいな時でないと、基本的に私は外に行くのが好きなようです(笑)
そんな自分が見えるのも『継続』したからこそ。
大きなイベントももちろん自分を成長させてくれますが、こうしてコツコツ続けてみる事もまた、自分を成長させてくれるなあ、と感じる2018年4月です。