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「超・田舎で生まれ育って良かった」と思った瞬間ベスト10

 

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私は超・田舎生まれ、超・田舎育ちだ。

超っていうのは、地方都市ですらない、ということだ。どれくらいかというと、『君の名は』の舞台になったような地域は私から見たら都会だ。

そもそも私の地元には高校がなかった。

人口は地元集落から住民票を抜くときに見た数字が7777。切りが良くてよく覚えている。多いように見えるが、集落の面積がそもそも広くて、友達の家まで山道を車で1時間とかかかる。

もちろん田舎なんて、探せば切りがないし、もっともっと不便な場所とか、それこそ島とか比べちゃったら本当に切りがないけれど、とりあえず、高校生になるまでそもそも買い物、を殆どした事がなかったし(お金を使う場所がそもそも無い)、大学生になるまでレンタルビデオ屋さんで何かを借りた事もなかった。

それはそれは不便で、早く就職で東京に出たくて、出たくて、しょうがなかった。

そんな私は典型的な田舎のイモ娘だった。

とりあえずミスドが近所にあるだけで喜んだ。(駅前にあるというだけなんだけど)私にとって、ミスドは街に出られたときに食べられる、特別なドーナッツだった。

ちなみに今でもしょっちゅう行ってしまう。

オシャレなんてぽんこつで、付き合って早々、社会人の夫に洋服やら靴やら指導された。どっかのテレビ番組の変身企画のようだった。最初に買ってもらった靴は、もうはかないけれど今でも大事に取っておいてある。あのときの私にとって、靴をイオンとかABCマートとか以外で買うのは初めてで、ついでに1足1万円の靴っていうのも初めてで、そんなキラキラした思い出がたくさんつまっているから、こんまりさん流に言うと、ものすごくトキメク靴だ。履かないのに。

日高屋を初めて見て、行ってみたい。ジョナサンを初めて見て、行ってみたい。鳥貴族、やよい軒、有名なラーメン屋。夫なんて大学生時代に行き尽くして、付き合いたての彼女と一緒にだったら、もっとカップル向けの良いレストランとか連れてくよって気概だったそうだが、毎回私の希望により、とても安く済む。安上がりな女だったようだ。

とにかく東京は楽しい。

楽しくて楽しくて、楽しかったんだけれども、数年過ごして、今がすごく楽しいし、東京も好きだけれど、「超・田舎で生まれ育ってよかった」と思う瞬間がある。

 

 

 

1.個性が求められ始めている社会において、個性を出し易い

これまでは、どれだけみんなと一緒の事ができますか?っていう部分が求められていたような気がしますが、最近は「どれだけ人と違いますか?」ってところの方が求められる機会が多い。

そんな時、人口が多い関東、ではない地方出身ってだけでまず個性が出るし、さらに東北となるとそもそもの全体人口もすごく少ない。その辺境地ともなると、希少性はかなり高い存在になる。

自分の地元もそうだけど、大学まで東北に居続けた私は、(自転車で回った経験値も手伝って)東北各所の観光地やグルメにかなり詳しくなっていた。

先日、東北観光に行きたいという友達のお姉さんに情報提供を求められ、プランを2プラン、各地域のおすすめのお店、そして道路状況までも細かくまとめて送ったんだけど、そもそも東北6県って相当広い範囲だし、それを網羅してる自分もちょっと怖かったし、最終的に送った情報量も多く、1冊薄めの本ができそうなくらいには細かかった自分の能力は何かに絶対生かせる!と確信した。

希少性が高いと、そっちの地域に旅行に行くとなると、大抵情報提供を求められる人、になったりして、そこから会話や縁が繋がったりする事も多い。

 

 

2.東京、さらに地方都市を客観視、つまり相対的に見ることができる

地方出身者はみんなそうだけど、東京に出てくるパターンが多く、無理矢理でも地元と東京を比べざるを得ない、故に、東京ってこんな街という視点を持つことができる。

(同じ日本でしょ?と思うのは東京の人だけだと思う)

それは住まないと分からないような事まで経験するからこそ、持てる視点だと思う。

さらに超・田舎出身者は、そこから地方都市も客観視する目を持つ事ができる。もちろんそんな目を持てない人も多いから、持てるチャンスがある、の方が正しいのかな。

私自身は高校卒業までを超・ど田舎、大学が地方都市、そして就職で東京だ。

よく、東京の人は地方を全部一括りにするけれど、地方都市と辺境の地はだいぶ差がある。

地方都市にはヤンキーはいるけれど、辺境の地はそもそも買い物する場所とかもないから基本的にグレようがない。(というかそもそもそういう情報が、親がヤンママ、とかでない限り、入ってこない)そしてグレても見てくれる人が少ない。

あと地方都市にはミスドがある。超・田舎視点だと、それだけで都会。

 

 

3.半強制的に自立イベントが発生する

超・田舎出身であると、例え同じ県内の大学に行くとしても、一人暮らしをしなければ通えない。故に、遅くとも高校を卒業したら独り立ちをしなければ行けない。

もちろん親元でずっと暮らしながらも自立している人もいるけれど、やっぱり一人暮らし経験者の方が、光熱費に関する感覚とか、掃除洗濯などの家事に対する意識が高めの人が多いと思う。

そうして暮らすということに対して、確実に自立しなければいけない、という意識は、人を少し背伸びさせて、そして成長させてくれる。

私の友人や弟は高校進学とともに家を出る事になったので、そういう人の自立も本当に早い。そして弟は、面倒な反抗期に親と顔を合わせないので、先輩に揉まれながら自分で解決して帰ってきた。

 

 

4.あまりスレないので、都内の人間性のある人達に囲まれると、とても大事にされる

中学校で煙草吸ってるやつがいた、とかは都市伝説、というかマンガの世界だと思っているくらいのレベルの人が多いのが現状。

都市部だと、自分の学校にはいなくても隣の学校にはいた、みたいな人結構いる。超・田舎では、そもそも隣の学校は隣町。隣町なんて車でしか行けない。(本気出して、ロードバイクとかなら行けるけれど)

そうすると、よくもわるくも悪い事を知らない。(それでいて、悪い空気には敏感だったりする。直感がいいのかな。私はこの直感力(と事前のお勉強)のおかげで、変な宗教、ネットワークから逃れられた。)

これが都市部の人間には「癒し」だと言われる事が多々あった。

多分あれ。外国人を寿司屋に連れてったら超喜ばれた、みたいなシチュエーションににているのかもしれない。

 

 

5.作られた本物は知らないけれど、自然の本物は理解できる

芸術、美術とか人の手によって作られた「本物」はやっぱり都市部にしか集まらない。美術館とか。音楽も劇とかもそう。

 そういうのをリアルで観るのが一番よく分かるように、自然の「本物」もそうだ。

分かり易く言うと、「雰囲気だけの高級レストランにだまされない力」なのかもしれない。

もちろん加工の力は都市部の方が優れている。圧倒的だ。けれどもその原材料は田舎で採れている。

母のおもしろエピソードの一つに、「夢の築地」という話がある。東京に行ったら築地で海鮮丼を食べたい、という目的を持って、上京時に築地に行った母。彼女は海鮮丼を頼んだ。全国から魚が集まるので、普段見慣れない西の方のお魚はとても面白かったけれど、残りの半分は地元の方の漁師さんが取った魚達が御前に並んだという。そしてその店の店主には、なんでわざわざ食べにきたんだい?(笑)と突っ込まれたらしい(笑)

他にも、山の楽しさも知っていれば、山の怖さも知っている分、自然への畏れがある。など。

これは東京に出て、某業界の人とか、あと都市部の大学生が、飲み物や食べ物を粗末に扱っている姿をみてすごく感じた。

コールとかアホだろ。丹誠込めて作ったものを、そんな風に飲まないで欲しいし、食べないで欲しい、と心から思った。

 

 

6.人と違う事をした時、少数派になれる確立が高い

1の個性を出し易い、とも似ているけれど、もっと言うと、競争率が低い。

例えば東京生まれ、東京育ちで東大に行く人、はたくさんいるけれど、超・田舎の中で東大に行く人は、数十年に1度いるかいないかだ。

そんな中で、例えば地方創成とかUターンって言って、地元に戻れば、その地元(超・田舎)では本当に稀な存在になる。

(そして元々その地域出身なので、田舎あるあるのよそ者が嫌われる、という効果は発揮されにくい)

つまり、人と違う事を少しするだけで、ラベリングがとても独自性のあるものになるのだ。

これは、H型人材、とか人と違う経験をしている、みたいなことが価値を発揮し始めている社会において、結構大きなアドバンテージになっている。

 

 

7.なんやかんや基礎体力・気力が高い

山道徒歩50分通学。みたいな生活をしていたせいか、都内だったら2〜3駅分くらいなら歩けてしまう。というか歩く事に対して躊躇とかない。

なんなら吹雪の日もそうやって歩いて通っていたので、結構過酷な環境に放り込まれても、なんやかんや乗り切れる。

そう言う意味では、発展途上国に行って人生変わった、みたいな都会の人が言うのが半分分かって、半分は分からなかったりする。

超・田舎の人の多数は車生活をしているので、一概に全員がそう、とは言えないけれど、親が忙しくて自転車・徒歩で超・田舎生活を乗り切った人は本当にみんな体力と気力がある。猛者。

そう言う意味では、結局どこで生まれ育っても、努力するか、頑張れるか、ってところで差が出るのは一緒なのかも。

 

 

8.身体が作られる時期に、きれいな空気・水がある環境だったこと

同級生とかに、アレルギーとかがある子が本当に少なかった。都内に出てからの、アレルギー持ちの方に出会う確立は本当に高いように思う。それは母数の問題でないのでは?と感じたのは、上京半年で自分自身が肺炎になり、人生初の入院をすることになった時だ。それから水道水を飲んでよくお腹も下した。(以降、水は基本的に買っている)

そういえば、地元にいるときは、アレルギーや喘息の子が療養的に転校してくる、みたいな事が多かった。同級生として遊んでいるときはそんなことも感じさせないくらい元気だったけれど、都市部にいるときは酷かった、という話も聞いたっけ。

私の夫も、アレルギー・アトピー等等、かなり酷かったようで、一時期は家から出る事が困難だった、とも言っていたけれど、オーストラリアに住んでかなり回復した、と言っていた。

大自然の中で生活しているうちによくなった気がする、というのは本人談。

そういう話を聞いていると、当たり前過ぎて考えた事もなかったけれど、身体が作られる幼少期を自然の中で過ごせた事ってすごく自分の身体を強くしてくれていたのかな、ともたまに思う。

実際、自分の元々はお腹をよく下したりする、平均値よりはよわっちい子だと思うのでなおさら。

 

 

9.人が少ないから、元々知った顔でなくても、××さんとこの人だよ、でつながりがすぐできる

人口が少ないと、その地元でのみ通用する学歴、人とのつながりだけで、地元及びその周辺地域にまで、つながりを広げる事ができたりする。

なんなら人口が少ないので、地元の政治家とかともすぐ繋がれたりする。

個人的に、これは仕事をする上でとても役立っていたりする。また、この伝てを辿りたい、という東京在住者の方とか、企業の方をご紹介する事も。

ちょっと頑張っただけで、地元と都市部のハブになれるのは、地元側が人が少ないからこそできること。

そしてなんやかんや、仕事って人とのつながりから生まれるので、この状況は大活用中。

もちろん面倒な人もたくさんいるし、そう言う人から逃れたくて上京した訳だけど、使えるもんは使おう精神ですね。

また、大学も東北に残った訳ですが、それによって東北の中で活躍する役職に就いている人は大体同級生とか先輩だったりします。(都内の優秀な大学に行った人は都内で就職するからでしょうね)けれども、最近地方で何かしたい!という東京の人と、こうした同級生や先輩をつなぐ役目を果たしながら、大学まで田舎にいたけど悪くなかったなあ、とも思ったりします。

 

 

10.年配の人にウケるネタに詳しくなる

これ知っててよかったーっていうほどありがたいわけでもないけど、ちょいちょい感じる事。

人口比率的にも、地方は若者がいないので、話し相手は基本的に自分より年配者。そうすると、その世代の人が好きなもの、とか世代ネタに詳しくなってたりして、上京後、そういうネタで年配者の心がかなり掴んだ。

また、地域的に日本酒にも詳しくなれていたので、飲めない若者が多い中、都内で人脈を広げる一つのアドバンテージにもなった。

ちなみにこの技術を持って、夫の母(つまり姑さん)ともすごく仲良くなれました。田舎にいたときは、早くもっと多くの同世代と話したい!とか、時間の無駄なのでは、と思ったりもしましたが、結果的に役立ちました。

人生の時間に無駄はないってことを体感したようにも思う。

 

 

 

「東京に生まれるのは一つの才能」みたいな言葉があるそうですが、考えようによっては、日本の田舎に生まれる方が確立低いですし、「日本の田舎に生まれるのは一つの才能」とも言えるんだろうな、とも思います。

過去、私も、都会生まれ育ちはいいな、って思っていました。

どこで生まれ育っても、道が開ける環境は整っている時代だと思うので、簡単に、「できない」って言わないようにしたいな、と思う次第です。

また、「できない」って思わない、「能力を高める」ためにも、田舎にずっといるのはよくないとも思います。どこかで外の世界を知る。これは東京の人よりも田舎にいる人の方がそのギャップを感じ易く、効果を得易いという意味で「超・田舎で生まれ育ってよかった」と思う訳です。