気がついたら記事数がこれで300個目です。ということは300日間、日記を書き続けているという事。
思えば昨年の6月頃に始めたときは、とりあえず1行でもいいから書き続ける事、ということで、しょうもないことを書いてみたり、日々の自分のしたことの記録をただ付けてみたりしてたわけですが、「ひ孫に将来みせる」という目標ができてからは、ひ孫に恥ずかしい文章はみせられない、という自分がよくみられたい自己顕示欲効果が働いて、なんとなく文章が形になっているかなあ、という日記が書けるようになった気がしています。
さて、今日から新年度。進学、進級、はたまた新社会人へ。
新しい環境に向かう人もとても多いと思いますし、明日から始まるという人は緊張で旨がいっぱいの日曜日かもしれません。
自分はどうだっただろう、と振り返ってみると、はやく社会人になりたくてしょうがなかった、という気持ちが強かった事を覚えています。
大学生という高校生よりも大人で、自由で、バイトもすればお金もそこまで困らなかったりもする「大学時代」というものがとても楽しく、忘れられない人も多いようです。
大体就職して半年経ったくらいに大学時代の友人に会うと、大学時代に戻りたーいって言う人もそこそこいたりします。
それくらい自由で、楽しいのが日本の大学。
私自身も大学はとても楽しかったけれども、それでも早く社会人になりたい、と思っていました。
理由はいくつかありました。
・金銭面に関する余裕がそこまでなく、早く稼ぎたかった
・早く上京したかったから
・人口の多い場所に住んで、気の合う仲間とたくさん出会いたかった
とくに、気の合う仲間とたくさん出会いたかった、というのは一番大きかったようにも思います。
田舎ではどちらかというと「出る杭」タイプだった私は、仲の良い友達はもちろん大学にもたくさんいましたが、生きていく上での志を語り合って、共感し、ともに高め合う、みたいなところではかなり物足りなさを感じていました。
当時の仲間の間では、かなり上昇志向が強いタイプでした。
(が、上京してみると全然上昇志向がそこまで強いタイプでもないことも分かりました。どちらかというと、自分の好きなように、自分の頭で考えて楽しく生きていきたいし、そのための行動量が多いよっていうくらいでした)
おまけについていきますっ!という後輩は多かったものの、自分が引っ張られる、もしくは同じような志をもって生きる同志のような存在がなかなかいなかったのです。
上京すれば、人口が増える分そういう人と出会う確立も高まるし、実際そうして行動した先で出会ったのが現在の夫。
夫と出会ってからはとてもすごいスピードで、素敵な仲間と知り合う事ができました。
そんな流れがあったから、学生時代は学生時代で面白かったけれども、戻りたいとはこれっぽっちも思わないし、当時もそういった未来への憧れがあったおかげで、4月1日はとてもわくわくしていたことを記憶しています。
それに多分これからの時代は、日本でだって社会人の大学院生が珍しくない、という流れになるはず。(既に一部ではそういう世界が広がっているし)
学生時代っていうのも、20代とか10代って言い方になるのかもしれないなあ。
ひ孫たちの世代はどうなっているんだろうね。
小学生起業家なんて、珍しい存在じゃなくなっているんだろうな。多分。