くろやんの日記

思考・映画・ごはん・旅・自転車・読書・ライフハックのメモ帳

歩きたい道を考えられる、という才能

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どうやったら好きなことって見つかるの?

結構色んな人に聞かれる気がします。色々人と出会って思うのが、人は好きなことに困るタイプと全く困ったことがないタイプ、というのがいるのかもしれない、ということです。

ホリエモンだったかも言っていました。好きなことがある、生きたい道があるというのもそれだけで才能の1つである、と。

私は割と常に、やりたいこと、に満ち溢れています。一方、夫はそういうタイプではなく、隙あらば、
「俺に向いてることってなんだと思う?」
とか
「どうしたらそんなに夢中になれるの?」
とか聞かれます。

もう、好きだから、としか言いようがないのですが、自分が何かを好きになる思考回路が、どのように育っていったのか、ちょっと考察してみました。

 

★ちょっとでも面白い、と思ったことは、極端なほど時間をかけて取り組んだ
小学生の時、本を読むことにハマった時は、1日5冊以上は読み続けていました。ほぼ毎日。とにかく飽きるまで。
本以外にも、お絵かき、テレビゲーム、飽きるまでやって、続けられたことは案外少ない。私はテレビゲームも外れました。弟がプレイしているのを見る方が好きだったので、あの頃Youtubeのゲームプレイ動画を見つけていたら多分ハマっていた。
多分本当に好きなことしか続かない。

 

★飽きた時に自分なりに考察する
考察というほど大層なことではないけれど、ここのこういうところは好きだなあ、とかテレビゲームは仲間プレイが好きだけど一人で黙々やりたいとはそこまで思えないな、とか。
そんなちょっとした感想の積み重ねで、自分が好きだと思っている傾向のあるもの、を分別していったように思います。

 

★たまに超苦手なこと、避けてきたことに取り組む
例えば運動が苦手だと感じていた時に、仲良しの友達が入ったからという理由でミニバスを始めて見たり、音楽は苦手だけど楽譜を読めるようになりたいと思って音楽系のサークルに入って見たり。
そうすると、運動は苦手だと思っていたけれど、それは基礎体力がなかっただけで体力がついたらそれほどでもなかったことがわかったり。逆にどれだけやっても、なんとかゆっくり楽譜を読めるようになったけれど、未だ音痴は直らず、おまけに最初にシャープとかフラットが付いてた奴は自分で印をつけておかないとやっぱりまだ読めない。
なんてことが分かって、それは自分が何が好きな傾向にあるか、ということを考えるのに、大いに役立っていると感じます。

 

 

こうして振り返ってみると、歩きたい道を歩くって、こうした人生の積み重ねなんだなあと改めて思いました。
また、私はど田舎で割とのびのびと育ちましたが、夫は都会育ち。周囲の目線とかプレッシャーに晒されながら、人に媚びる生き方に偏っていた時期もある、というのは本人談ですが、そういった環境の違いもあるのかなあと感じます。

 

とは言え、私はその分すっごく社会のことを知らなかったので、良し悪しだなあとは思いますがね。