まっすぐにいこう

けいぞくはちからなり。将来ひ孫に見せる私の日記

人生のマニュアルはないけれど、確実に形成はされている

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最近、「生きる」ということについてよく考える。

とは言え、小難しい哲学者達が言っているような、「生きる」と比べたらもっとフランクで、軽くなんだけれども。

簡潔に言い換えるなら、自分という人間が今の社会(世の中)で、どうやったら上手く、気持ちよく、幸せに生きていけるのか、という至極個人的なレベルで考える。

 

最近、は嘘かもしれない。

私は物心がついたときから、「生きる」ということに対して、割と真剣に考えてきた。

 

最初に考えたのは幼稚園の頃だ。

よくある会話で、当時一番仲良しだったNちゃんと、将来一緒に住んだら楽しいね、みたいな会話をしていた時だった。

多分、Nちゃんは一緒に住んだらこの楽しい時間がずっと続く、終わりがない、みたいな単純な思考からの発言だったんだと思う。幼稚園児だしね。

私も最初、そんな風に思っていたんだけど、そこからよくよく考えてしまった。

 

Nちゃんと一緒に暮らすくらい大人になったときの自分は、何をしているんだろうか、と。

 

暮らすということは自分でお金を稼いでいるという事だ。

当然だけれど、幼稚園児の自分はまだお金を稼ぐ能力がない。けれどもいつか、どこかでその能力を身につけなければいけない。

 

私は母に尋ねた。

「どうしたら働けるようになるのかな?」

幼稚園児の言う事だし、単純にそのままの意味で捉えた母は、大人になったら、とか小学校と中学校に行って、できれば高校まで行って勉強したら働けるよ、みたいなことを言っていたと思う。

 

そこで私は勉強を一生懸命することに決めた。

今思えば、自分が楽しいと思う人と、たくさん楽しい時間を過ごす為には、やっぱり勉強して色んな事を知っていると楽しいから、ある意味正解ではあったんだろう。

幼稚園では一生懸命絵本を読んでいた。ただ楽しかったという事もあったけれど(外遊びより本読みが好きな子だったため)、文字を覚える楽しさと、将来たくさん文字が読めた方が働くときにきっと役立つとも思っていた。

 

小学校に入学しても、私は授業に一生懸命だった。すごいど田舎の学校だったから、塾に行く、みたいな文化はなかったけれど、学校では先生の話しを一生懸命に聞いた。

勉強して、テストでいい点を取って、そういうサイクルの中で、私は母が言っていた言葉を信じていたし、将来ちゃんと働いてみたいと思っていたから。結果、クラスでは結構真面目な存在だった。

 

 

けれども小学3年生の時、転機が訪れた。

勉強につまづいたのだ。ベタベタにベタだけど、割り算でつまづいた。

他のみんながよくできるのに、私はまったくできなかった。

私は自分で納得するまでできない、つまり……公式に当てはめればできる、みたいなことができない子どもだった。

みんなスイスイ問題を解いていく中、どうして手早くできるのか、分からなかった。

大学生くらいになったときに、意外と正確にパッと割り算を説明できる人はいなくて、説明は出来ないけれどやり方は知っている、状態で大学まで来ている人も結構多い事が分かったんだけどね。

 

当時はとにかく絶望しかなかった。

みんなが簡単にできる事がまったくできないし、まったく理解も出来てなかったから。

算数のテストは小学生とは思えない点数をとるし、親にも少し心配されるしで、ああ、自分は勉強が苦手なんだ。少なくとも得意な子ではない。自分は努力しないと、この世界で生き残るのは本当に難しいのかもしれない。と真剣に自分の生きる道を考え始めた。

義務教育は中学校まである上に、中学校では算数ではなく数学になることを考えると、卒業は出来るのか、そもそも高校に行けるのか、行けても卒業が出来るのか。

危機感が強かった。

特にニュースでホームレスとか、就職難民とか、そういう文字がたくさん見えていた事も影響していたのかもしれない。

 

とにかく私は小学3年生にして、自分の将来の食い扶持の心配をしていた。

今は親がいるから良い。でも親は自分より長生きする訳じゃない事も、親戚のおばさんが亡くなったこととかから理解していた。

 

親がいないと生きていけない、みたいな、何かに依存することに恐怖を感じていたのかもしれない。

 

私は必死に生きる方法を考え始めたスタートはそこだった。

そこからは自分なりに、「生きる」に必要そうなスキルを手当り次第に磨いていった。とにかく私みたいな勉強ができない子でも生き残る術はないか、様々な本を読んだ。

とくに小説はたくさん読んだ。大体小説の主人公は村で一番どんくさくて、勉強も運動も出来ないような子ばっかりだったから、そういう人でも村の中で上手く、平和に、楽しく生きていく為にはどういう行動をとったら良いのか、自分にとってはいい教科書だった。

 

もちろん現実は物語のようにはいかない。

けれども、そこから一番学んだ、「仲間を大事にする事」によって、だいぶ楽しく生きる事が出来ている気がするので、無駄ではなかったのだと思う。

なんだかんだ、人生で危機的な状況に陥ったときに、助けてくれるのは神様ではなく友達だった。

 

今でも少しずつ、アップデートをしながら自分なりの「生きる」というマニュアルを形成し続けている。

終わった後に、マニュアルができてもそれは唯一無二の自分に撮ってのマニュアルだと思うから、他の人には大して役には立たないかもしれないけれど、私が小説の主人公達から生き方の手段の色々を学んだように、他の人が生きていくときの参考文献の一つになればいいな、とも思ったり。